読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

イタリア男性の理想の女性像

 

 

恋愛関係はないイタリア人の男友達と話してるとき、

ところで君って何歳なの? と聞かれたので

それ聞きますか? と軽く抗議しながらも、

普通に答えた。

 

 

するとその友達は

あー答えさせちゃって悪いことしたな、 と思ったんじゃないかな(笑)

たぶんフォローするつもりで、

 

「君は、20代の肌と、30代の知性を持っている。

男にとっては理想の女性だよ。」 と言った。

 

 

それを聞いて 私が

イタリア人男性の理想は、知性を持つ女性なの?

日本と違うね。

日本人男性は一般的に

女性に求めるのは 若さという幼さで

内面の成熟や知性は 重要視されない。

ときどき日本人女性が、たとえ妙齢であっても

どこか見た目や物腰に幼さが見えるのは、

そんな社会風潮に 無意識に迎合してるからかも知れない

と話すと、

 

 

本当に?信じられないな。

言っておくけど、これは俺だけじゃなくて「イタリアでは」ってことだけど、

普通の男なら、幼い子供に興味はないよ。 

魅力を感じるのは バンビーナBambina(女児)じゃなくて、

知性ある ドンナDonna(女性)のはずだ  と言った。

 

 

子供といったい、どんな会話が出来るっていうんだ? って。

 

 

それは彼ら(日本人男性)に聞いてみないと。 

そういって笑って、

でもイタリアでは 成熟はむしろ、

男性の方が したがってないように見えるけど?

と からかったら、

だから尚更、僕たちは女性には成熟を求めるのさ と返された。

 

 

それもどうなんだろ・・・・?

 

 

女性のほうだって 子供みたいな男性に興味はないわ、

母親役をさせたいの?

 

 

特に自分の恋人なら、 比喩的に言えば 

やっぱり「イヤな匂い」は して欲しくない。

青臭い匂いも、

古びた カビ臭い匂いも。

 

 

「成熟」は、人や 社会との関わりのなかで いろいろと 

恥をかいたり 

反省したり

感謝したり 

考えたり

 

 

たくさんの 恰好悪くて 泥臭い経験を積み重ねることで

少しずつ なされていくものだと思うから

 

 

今後ますます 生身の人間よりも

「画面」に向き合うことが多くなるだろう生活形態では、

人の精神の成熟は 置いていかれる可能性がある。

 

 

これは日本だけでなく

世界全体の問題としても 考えないといけないと思うけど

少なくとも現状、

大人としての成熟を目指し

成熟した人間のほうに より高い価値を置く 

イタリア社会のようなところならまだ

失われていくのは先の話だろう。

 

 

危ないのは 日本みたいな文化の社会だ。

 

 

イタリアに住んでたころ 何回も

「日本はひどい男尊女卑社会なんでしょう?」

と聞かれたけど、そのたびに

「そんなことない」 と答えていた。 

 

 

時代錯誤と言われた気がして気分が悪かったし、

イタリアだって ずいぶんな男尊女卑社会らしい話も、

身近な女友達(イタリア人の)たちから聞いていたし。

 

 

でも 改めて思い返すと、そう思われるのも道理だと思った。

 

 

日本社会が求める女性の役割はいまだに、

身の回りの世話役であり、慰安役であり・・・

イタリアでも 若い夫婦なら共働きはあたりまえだけど

家事や子育てに関して 日本ほど女性任せにはなっていないし

女性任せで良いという社会風潮も皆無で

男性も ちゃんと父親、夫としての自覚がある人が多い。

 

 

飽くまで私の印象なんだけど

日本の社会って

昔からこうなのだから と 現状に疑問を呈することすら

圧殺するような雰囲気があり

異論を口にする者は まず間違いなく攻撃され

意見や 動きを 嘲笑や黙殺など、

不当な手段で封じられる。

 

 

「愚かな大衆」という言葉があるけど、

自分で物事を判断して答えを導き出せない=愚かな 人間たちが

社会のあらゆる部分を構成し、

自分の頭で考えて行動する人たちが マジョリティになれない、

 

 

多様性のない、

 

 

既に「決められた」価値観しか認められず

(それが真に合理的なものであるなら、何も問題はないのだけど)

何か歪んだ、間違ったものに統制されているかのような、

不自然な社会文化をもっている部分が あると思う。

 

 

どこか子供っぽいものが 社会全体の<主流>を占めているし

(いちいち マンガだとか噛み砕いた表現で説明してやらないと

ものごとの内容を理解できない人間が大勢いるとか)

それがもはや普通で、

「ひょっとして、おかしいんじゃないか?」 とすら

もう誰も思ってないだろうから、うすら寒くなる。 

 

 

子供の無邪気な幼さは、それが自然だからこそ愛らしい。

年齢と、人間としての成熟度の、つりあいのとれているものだけが

「自然な美」を生む。

 

 

人は自然に生を営めば、

毎日何かを学び、ろうたけて行くのが本来の姿だし、

精神の成熟からくる 物腰の優雅さや 美しさ

そういう人たちが作り出すであろう 落ち着いた社会文化を

もっと評価したり 求めたりする風潮に

いいかげん 日本もなればいいのにな と思ってる。 

 

 

日常目にする、目立つところにある文化(たとえばTV)の中では

大人の男女とも 

不必要な大声で 会話でも 対話でもない 

ただの騒音みたいな 下品な話し方をしていたり、

 

 

エンタテイメントといえば わらわらと集団でやる 

幼稚園児のお遊戯みたいなものばかりで、

それを喜んで観てる大人も大勢いるらしい事実。

 

 

そういう芸能があること自体は別に良い。

 

 

似たようなもの「しか」ない っていう、

<画一的な状態> なのが問題であって、

他の、もっと様々な、いろんな価値観に基づいた

文化のバリエーションが、

社会のなかで 「同程度に評価されていないこと」 が、

日本の歪んだ部分だと思ってる。

 

 

これが売れたー

二匹目のドジョウを狙えー、

以下ループ

お金はそこでしか回らず、

いま一番稼げるものだけが正義で、

それ以外のものに価値があるとは認めない みたいな。 

 

 

経済活動、投資の問題としてみれば、

今現在流行っていて リターンが確実に見込めるものに投資するのは

理解できるけど

 

 

文化の層とか将来性とか 質の問題から見たら、

こんなこといつまでも続けてちゃダメでしょ・・・・

 

 

話がズレましたが

 

 

とりあえずイタリア人男性は、日本とは違って、

女性に幼さは 求めてないみたいです。

むしろ 知的な人を求めてる。 (遊び相手は別ね★)

 

 

彼らが <セクシーで、男性として魅力がある> と

他の多くの国の女性たちからも思われてるのは

結局のところ彼らは 

子供っぽいところがあったとしても

精神年齢はちゃんと 大人の女性と釣り合うくらい、

成熟した内面も 持っているからなんだと思う。

 

 

話してみればわかる。 

政治でも、芸術でも、世界情勢でも、社会問題でも

彼らはどんな話題でも 

きちんと自分の意見を持っているし、

真面目な話題は 真面目に話すよ。

 

 

イタリア男は全員マザコンで イタリア人は仕事をしない怠け者 という 

日本のマスコミが今だに流してるステレオタイプの嘘も

 

 

それは本当だろうか という疑問も持たず、

自分の目でものを見る労を惜しむ人や 

自分の頭を使って考える習慣のない人は

まだまだずっと

そのまま 間違った情報を信じ続けるのだろうけど。

 

 

日本ではただ 精神年齢の幼い 

自分の内面を成長させる努力もしない 怠け者の男性たちが

「その精神年齢に釣り合う女性」を 求めてるだけなんだよ。

(同程度の精神年齢 or 母親のように甘えさせてくれる女性)

 

 

そんなのが 社会のさまざまな場所で 

世論を形成する権力の分野ですら 多数派だから

 

 

全員がそうではない ってことが 救いではあるにせよ

 

 

日本社会全体が どこか幼稚な印象で

だから 「日本の文化では幼さの残る女性が理想」だとすら 

錯覚させられてるだけなんだよ。

 

 

女性のみなさん、そんなのに付き合ってあげることないよ。

 

 

女性って生き物は、どうしても、

他の人から「愛されたい」と願ってしまうように心理設定がされてるから 

やっかいなんだけど・・・・・

 

 

若い人の美しさと 

ろうたけた人の美しさは別のものだけど

 

 

若い美しさだけを褒めそやす感性って

 

 

春の花や 新緑だけが美しくて 

夏の濃い緑や 秋の紅葉、 冬の枯葉は 

なんの美しさも 価値もない

と言ってるのと同じで

 

 

花なら たとえば桜だけを愛でて 

菜の花 藤 かきつばた すみれ すずらん 雪柳 

朝顔 ひまわり コスモス 曼珠沙華 椿 ロウバイ・・・・

それぞれの花の愛らしさや 

美しさの違いを感じることが出来ないような、

貧相な文化レベルの人の言でしかない。

 

 

そして そんな文化的貧相さは

日本の伝統的な感性からは かけ離れてるのにね。

 

 

いったいいつから こんな風潮になったんだろう?

 

 

・・・って 

私は生まれてからずっと その風潮のなかで育ちはしたけど・・・・

 

 

女性の側の意識の問題としては

自分の年齢を考慮して それ相応に・・・・ 

ということとも ちょっと違うと思ってて

 

 

とにかく 世間でどう思われるか? を基準にして

自分の 身に着けるもの(服装だけじゃなく)を 揃えようとするより

 

 

自分の気持ちが 

自然で 居心地良く感じられる 

ファッションや、話し方や、哲学や、物腰をもって 

リラックスして 日々の生活を送るほうが

 

 

結局のところ実体のない 

目に見えない 「社会」の声や、「誰か」の好みに

無理に自分を合わせて暮らすより ずっと良いんじゃない? 

ってだけの話なんだけど

 

 

ほぼ 洗脳完了 ってくらいにもう

社会的に良いとされてるもの=わたしの好みもそれです! って

無条件に信じ込むようになってる人多いみたいだしね、この国の人は・・・

 

 

<みんなと一緒> <みんなと同じ> でなくても良い ってことを 

心の底から信じられるようになれない限り 

この傾向は まだ続くのかもね・・・・

 

 

 

と落ち込みかかったので

日本国民、日本社会の子供っぽさに関して

肯定的な考察を試してみるために

この記事を書いてみた という事情があったのでした。 ↓

 

luriha.hatenablog.jp

 

 

 

 

うつくしいひと<浅田真央さん>

 

初めて彼女の名前を耳にしたのは、
日本への一時帰国からフィレンツェに戻ったばかりの友達たちと 
カフェでお茶をした時だった。

 

「日本にはいま、まおちゃん という
15歳くらいの、可愛らしくて でも ものすごい才能をもつ
フィギュアスケート選手がいて
今度のオリンピックに出そうだったんだけど
年齢が若すぎて 出られなかったんだよ。」 と聞いた。

 

イタリアでは、日本と違って
ケーブルTVのスポーツチャンネルでも契約してなければ
オリンピックその他の試合の様子を詳しく観ることは出来ないから
フィギュアスケートを観るのは好きでも  
イタリアに居たあいだ、浅田真央選手の活躍を見る機会は 私にはなかった。

 

日本に帰国した後にようやく 浅田選手だけでなく
他にも多彩な それぞれ才能と魅力に溢れた 若いフィギュアスケート選手たちが
活躍していることを知って 試合等のTV番組を よく観るようになった。

 

真央さんの たたずまいというのか、
インタビューされている時の 彼女の落ち着いた話し方、
誠実な受け答えなど、
「今どきの」同世代の人たちよりも大人びて見えるその姿は いつも
まっすぐで凛としたまなざしと
時折見せる 愛らしい笑顔とが
彼女の人となりを語っているようだった。

 

私は声フェチなので (声と 話し方フェチ)
その面からも 真央さんのファンだった。
アナウンサーですら、長く聞いていたくない声、しゃべり方、の人が多い昨今
女性らしい愛らしさと でもどこかしら芯の強さも感じられる きれいな声で
品のある話し方をする人は
私にとっては イラン人のサヘル・ローズさんと 浅田真央さんだった。

 

ソチ五輪での あの ドラマティックな彼女の演技。

 

ショートの作品も 本番での苦い経験で、彼女にとっては
辛いプログラムになっていなければ良いな・・・ と願う。

 

だって、あのショパンの曲の作品は
彼女の優美さと愛らしさが、本当によく表現されてたプログラムだったから。
どこかの外国の解説の入った 五輪以外のときの映像を観たこともあるけど
最後の部分で 解説者が思わず 「あの腕の動き・・・!」 と
そのしなやかな表現力に 感嘆していた。

 

そして フィギュアスケート史だけでなく
おそらく 全オリンピック史のなかでも
ずっと 「最も印象的な場面」「選手」のひとつとして語り継がれるだろう、
フリーの あの演技。

 

あのときは 私も
夜中に目覚ましをかけて 起きてライブ中継を観ていた。
前日のショートを そうやって観て
たぶん日本じゅうが ショックを受けて

 

それまでは TVのなかの人に
そこまで思い入れをすることなんか 一度もなかったのに
あのショートプログラムが終わってからの24時間、
不思議なことに 私はときどき 
遠いソチの空の下にいる真央ちゃんは いまどんな気持ちでいるだろう・・・・ と
何度か彼女に 想いを馳せた。

 

フリーで いよいよ彼女の番がきたとき
私は 両手を組み、下唇を噛みながら 
祈るようなポーズで 画面を見つめていた。

 

彼女が 息を大きく ふうーっと吐き出して
覚悟を決めた表情で 準備の位置に収まると
私も 見届ける覚悟を新たにした。

 

あれは 音楽も、振り付けも、 
荘厳 かつ 優雅で
力づよく 
彼女にしか成し得ない技術の粋を集めた
凄いプログラムで、

 

あの ラフマニノフの音楽でなかったら
あの タラソワさんの振り付けでなかったら
そして
オリンピックという舞台でなかったら

 

あそこまでドラマティックな作品には ならなかったかも知れない。

 

彼女は凄かった。

 

圧倒的だった。
演技が進むごとに より強い磁場でも形成していくようだった・・・・
彼女自身が 強い磁力となって。

 

全種類8回(調べずに記憶で書いてるので間違ってたらごめんなさい)の
三回転ジャンプを、全て 同一プログラムのなかで成功させ
緊張感も 疲労も いちばん苦しくなるだろうタイミングなのに
見事なスピンから 最後の 難しく激しいステップに入る時には
私の目はもう 涙で滲んでて 
伝説になるであろうこの演技の すべての動きを見逃さないよう
ぱちぱちと 急いでまばたきをした。

 

彼女は本当にすごかった。

 

いっさい手を抜かず、
どのステップにも コントロールと 全力での表現が成されていた。 
人間にこんなことが出来るんだ って思った。 大げさでなく。
こんなに若い、細い身体の女の子が
こんなすごいプログラムを ここまで完成出来るんだ って・・・・

 

審査員たちの前を過ぎ、着水する鳥のように入っていくスパイラルは
<Perfection>の 体現だった。

 

演技が終わって
彼女が一瞬こらえた涙は 当然 流されてしかるべきものだったと思う。
きっと あの演技を目にした全員が 
全世界が 
そう思ったに違いない。

 

彼女はすぐに笑顔になった。
後になって どこかのWebページで 中国人の真央ちゃんファンの人が
「雨のあとの虹のような笑顔」だと言っていた。

 

すてきな表現だと思った。

 

これからは いつか
自分で自分の頬っぺたを叩いて「しっかりしろ」と言いたくなるような時は
真央ちゃんの この ソチでのフリーの演技を観ようと 心に決めた。

 

彼女は闘った。  
挑戦した。 
ファイターだ、ほんとうに。

 

怖くても 不安でも それでも 自分のちからでそれを抑えつけ
覚悟を決めて挑むということ

 

失敗は 「挑戦した者だけが出来る」ことで 
失敗すら出来ない、決して挑むことが出来ない臆病者は
失敗というものに対して 何ら語る言葉を持たない。

 

彼女は挑んで、成功させた。
前日の失敗のあと倍増したはずの 巨大な恐怖に打ち勝って。
誰も知りえない多くの時間と 汗と 涙を 
信じられないほど完璧な <結晶> に変えて。

 

彼女は美しい人だと思う。
その姿も 心もちも 在り方も すべてが。

 

浅田真央さん・・・・選手生活、お疲れ様でした。
数々の素晴らしいオペラ(Opera イタリア語で「作品」)を
どうもありがとう。
あなたのファンたちは あなたのご多幸を心から願うと共に
あなたがそうしたい時に ショーなどでまた
あなたの優美な氷上の動きと 愛らしい笑顔に
いつでも出会いたいと 思っています。

 

 

 

 ショパンのほう♡

www.youtube.com

 

 

 

 

仕事がキレイに揃うとき

 

きのう いつの間にか 
Beautiulって言葉を呟いてた。

 

シリアへの爆撃という、恐ろしいニュースを聞いたあと
いろいろと 考えていたら。

 

あちこちで 「なぜこのタイミングで」 とか
背景を含め、諸要素を解説していたけど

 

爆撃なんて手段は そう頻繁にして良いものではないし 
出来るものでもない。
実行するなら最小で でも最大の効果を狙うべきで 
何度もやってはいけないもの。
その一度で 副次的な効果もより大きければ それがいちばん望ましい。

 

シリア政府にはお気の毒な事件だったけど
日本はアメリカ側の立場なので、
その観点から事情(circumstances)を なんとなく思い出してみた。

 

先ず彼、現大統領は 支持率がふるわない。
そういったとき 古典的な手法は 誰しも考えつくし、
ブッシュ(息子)さんの先例もある。

 

前任者の不始末を、現職が尻拭いすることはままあることで
お気の毒なことではあるけれど、
いずれ誰かが片づけなければならないなら、
なるべく早期にやるしかない。

 

シリアの後ろ盾のロシアは 自身も問題山積だし 
弱くなってくれたのかはともかく、いまは思う様に出張っては来れない。

 

習近平氏を機嫌よく(?)アメリカまで足を運ばせることが必要だったので
(機嫌良くは無理かな)
前言を撤回し、いちど彼らの望む「一つの中国」論を受け入れて見せて
お友達になりましょう、と 実際に家までご招待し、


握手して、笑顔で一緒に時間を過ごした直後、
爆撃のニュースを耳にするように計らう。


お客さんがまだ家(国内)に居るのに そんな「騒ぎ」を起こすのは 
たぶんどこの文化圏でも とても失礼なこと。


それでも 「わざわざ」その日に、それをした。
「面子を潰されること」を 極度に恐れる中国人さんに。

 

そしてそれは お客さんに対して失礼なことであると同時に
たとえ直接 そういった言葉を告げずとも
言外で相手に決断を促し、言葉は悪いけど 
こめかみに銃口を押し付けるくらいの脅迫。
「私は言ったことはやりますよ」 という。

 

恐怖を与えられれば、あるいは 少なくとも 
手ごわい相手 とさえ感じてもらえれば それで良い。
今後のどんな内容の交渉事も、相手は自分の姿を見たら
その感情から始めざるを得なくなる。
つまり 将来への布石。

 

いつだったか トランプ氏が
記者とのインタビューで
「我が国(アメリカ)だけがイノセント(純潔)だとでも思っているのですか」
といったような言葉を言った映像を見たとき
あら? この人 そういうことが言えるんだ。
見直したわ・・・・けっこう好きかも(笑)
と初めて思ったけど

 

それとは関係なく

 

今回の
爆撃という、多分に不安と恐怖を感じるべきニュースに接して

 

それが実行された背景にある諸要素を
自分なりに 思い起こしてみたときに
トランプ氏の この外交の手腕に対して

 

ポーカーゲームとかで 
きれいに目が出揃った みたいなニュアンスで
自然に口をついて出てきた言葉は
「・・・・Beautiful」
だった。

 

有能なブレーン揃いなんだろうな。

 

 

第二幕の前奏曲は 既に始まっているようだけど
幕が開いたら どんなドラマが展開されるのだろう。

 


ちなみに私は カーテンコールまで 全部観たいほう。

 

 

 

 

日本人の幼児性

 

日本は島国だから 
歴史的に 
違う人種、違う文化の人間たちと、
日常的に あまり関わってこなかった。

 

アメリカは日本のことを 「12歳の子供」 と評価したことがあったと聞く。
人間一般に対する理解度のことを 言ったのだと思う。


ナイーブで
(naïve 世間知らず・箱入り・甘ちゃん。良い意味で使う言葉じゃないですよ)
純粋で、
いろいろ分かっていない と。

 

子供って世界中 どこの国の子でも、
生来が性悪で意地悪な子って、
めったにいないと思うんだけど、どうなんでしょう。 

 

わざわざ教えなくても
小動物や 自分より小さい子のことは いたわって可愛がるし
無知でやってしまう失敗以外は、
誰にでも優しい気持ちで接しているのが 基本姿勢にみえる。

 

日本以外の国の子供たちと接したこともあるけど、
みんな優しい、いい子たちばかりだった。

 

「こども」 というのはたぶん
人種も もしかしたら種族も関係なく、
優しい心を持っている生き物。
(人間の子供も、子犬も、子猫も、ちいさい子たちはみんな優しい)

 

話は飛ぶけど

 

日本のアニメやマンガが
これほど世界中に受け入れられたことに、私は正直 驚いた。

 

構成や内容が非常によく練られていて、素晴らしい作品が多いことは、
私も日本人だから 子供の頃からよく知っているけれど

 

きっと日本以外の文化の人たちの目には
子供相手のものにしか見えないだろうし、
これらは日本人の間だけで好まれる文化なのだろう
と思っていたから。

 

まさか地球規模で、マルチな文化 それぞれの人々の
心の琴線に触れるような 「普遍的」なものを内包していたとは。

 

心の奥底で共通する「何か」がないと、
ここまで深くは 受け入れられないと思うもの。

 

すごいよね。 

 

それともやっぱり 
「人間なんて 文化が違っても 感じることは皆同じ」 
ということなのかな。

 

でも確かに文学や 映画なんかは 
世界中の作品が
お互いに翻訳されて 相互に愛されていたりもするし
そういうのと同じ ってことなんだろうね。

 


思うんだけど

 

そういった作品たちは、私は 
<日本人の幼児性>から 生み出されたものだと思う。

 

好きなもの、好きなことに夢中になって、
そればっかりやってしまって、
それに長けて行ってしまう。

 

自分の好きなことでもあるんだけど
純粋に誰かを喜ばせたくて、
何かを一生懸命 やってあげてしまったり。

 

アニメやマンガだけのことじゃない。

 

企業の商品開発だったり
科学技術の研究開発の場でも

 

似たような心持ちで、
日々せっせと

 

「昨日よりも良いもの」 を生み出そう、 
見つけ出そう、
と努力を惜しまない精神文化・・・・

 

これが出来たら 喜んでくれる人がいる
これが出来たら 誰かの役に立つ
これが出来たら きっと もっと楽しい
だから 大変だけどがんばろう って。
 

 

決してお金儲けや、名声のためじゃなく。

 

 

任務に対しての責任感や 義務感も含め
そういう時の日本人に共通しているのは、
純粋な 「一徹さ」 みたいなものじゃないだろうか。
正に汚れを知らない 「こども」 のような。

 

日本人のそんな 「幼児性」 は、とても特異なものだ思う。

 

社会風潮的にはネガティブに働くこともあって、
たとえば 
「少年の心を失わない」 なんて言葉で
子供時代に決別して 人間的に成長することよりも、
幼いままでいることを許すような、肯定するような考えなどは
コドモオトナを増やしてしまい
国家という単位で見たときに 
社会全体にとって マイナスではあるけれど、

 

無私で 心が純粋 という精神性は、
たいていは 他人から奪うことしか考えない人たちが多い
この地球上の世界では、
得がたい宝石のように、貴重な特異性なんだと思う。

 


世間知らずで騙されやすい部分、

 

自分で考えて判断せず
他人や 社会の風潮など、
誰かエライ人やオトナの人の意見に「考えなしに」迎合する傾向、

 

問題の本質よりも 
議論する相手の言葉尻などを問題視するような幼児性や、

 

成人の年齢になっても、
自ら内面の成熟のための努力をしようとしない幼児性・・・・

 

正当化や 言い訳に終始して、
自分が実際にしたことの責任から逃げようとするのも これに起因してると思う。 
ボク悪くないもん、だって・・・と
子供が母親に甘えるように、赦してもらおうとする。

 

これを怠慢と仮定すれば、ある程度、人間一般に普遍の傾向ではあるけど、
ここまで「大人になりたがらない」のは 日本人だけだと思う。

 

 

こういったあたりの 悪い特性の幼児性を
自力で何とか改善出来れば

 

またもう一段階、
発展していけそうなんだけどね、うちら大和民族・・・・・

 

 


どう頑張ろうか?

 

 

 

 

<Be the light>

 

この曲の、このタイトルの言葉は、とても深い。

 

東日本大震災が この歌が生まれるきっかけになったと聞いた。

 

あれは未曾有の悲劇だったから
聴く前は自然と 励ますメッセージなのかなと思っていたけど


この歌、
そして  Be the light というこの言葉は
ただ優しく慰めたり、励ましたりするだけのものではなかった。

 

顔を上げて しっかりと自分の足で立つんだ
一歩を踏み出せ・・・・と、

 

悲しみがとても深いことを じゅうぶん理解したうえで
君ならやれる、大丈夫だよ と 信頼を置いたうえで、

 

「君自身が周りを照らす光になれ」 と 
ある種 突き放すようにして
立ち上がらせるメッセージだから。

 

英語で歌われていて
オフィシャルの和訳もあるみたいだから
個人の訳詞なんかは お呼びじゃないんだけど
自分の中からも 言葉(日本語)が 外に出たがっていたので
外に出してやろうかと(笑)。

 

オフィシャル訳詞へのリスペクトも捧げつつ。

 

ほんとうは、来年の3月11日に この記事をUPしようと思ってた。
今年はもう既に別の音楽を この日に絡めて紹介したし。

 

けれど 


人生 いつ何が起こるかわからない。


じっさい私も 以前 
数時間後にすぐ帰るつもりで出た部屋に
数ヵ月後、やっと戻れたことがあるしね。(交通事故★)

 

だから しつこく同じ話題というのもナンだよなー とか
曲紹介が続くのもなー・・・・ と悩みはしたんだけど
やっぱりいま 発表しておくことにした。

 

ひとつ 説明を書きたい。

 

このうたの歌詞のなかの
You realize that wherever you go there you are
という言葉は、直訳だと
「君がどこへ行こうとも、そこに君がいることを自覚するだろう」で
おそらく 「どこにも逃げることは出来ない」
という意図を込めていると思うのだけど

 

この言葉に 私個人の想いが重なって 
被災者の方々へ伝えたいことがあるの。
(でも実際のとこ、敢えてその人たちに限定するようなことじゃないから、
誰であっても対象になる)

 

「あなたがどこへ行こうと、悲しみを抱えている(あなたのような)人はいる」
ということ。

 

「あなたの大切な人がいなくなったり あなたが辛い思いをしていることで 
(たとえその人のことを直接知らなくても)私も、あなたと同じくらいに悲しい」
ということ・・・・

 

もちろん そのかたの 
生身の、生木を裂かれるような痛みを、直に感じることなどできない。
じっさいに愛する人たちを もぎ取るように奪われてしまった悲しみは 
どんな同情や思いやりをもって想像してたみたところで
とうてい及びもしないだろう。

 

それでも
直接、その方のことを知らなくても
直接 関係がなくても
私(たち)の心も 悲しみや寂しさで 痛くて 苦しい。 
とても辛い。

 

それは嘘じゃない。

 

だから 「あなた」は どこにでもいる。
そのことを 知って欲しい。

 

苦しんでいる人がいる ということ、
その人の存在を知ることで (≒ 知ってしまうと)
その人の苦しみを
じぶんの痛み(の一部)として 感じている人もいる。

 

たぶん たくさんいる。
しかも世界中に。

 

あなたは  だから 一人じゃない。 
これから行くどこにでも あなた(の心の痛みと繋がる人)はいるよ。
そのことを 知って欲しい。

 

時間は 今のこの悲しさ、苦しさのところで
永遠に停滞するわけじゃない。
時間は常に前へと流れて行く。 
止まらずに。 (=Time won’t stop)
だからお互いに 動き続けていこう、 生き続けていこう・・・・・

 

ほんとうに 素敵な歌詞だよね。

 

この歌の 最後の語りの部分では
「自分たち人間 (には選択権がない)」 というニュアンスで 
私は訳した。
一般的な 「僕たち」 という言葉とは、違う意味を放つもの。

 

冒頭で 「神さま」と 呼びかけていたから、 
最後では 「人間」という、神様と対になる言葉を入れて訳した方が
バランスが良い気がして。 

 

動画も OORオフィシャルのものを載せるべきなんだろうけど
この歌が生まれた理由を鑑みれば こちらも良い映像だと思うから
こちらを選びました。

 

似たような動画がいくつかあるけど 私はこれを 何度も観てしまっている。

 

すべてが胸を打つ映像で、でも
心が強い痛みを感じるものと
ほっとして(少しだけ)微笑むことが出来るものとがあるので、
好きな動画です。
(人によっては閲覧注意かも知れないです、「直後」の写真が多いです)

 

たとえ話題にしなくなっても
忘れたりなんかしないよ
心に留めているよってことを これからも信じてほしいって 思っています。

 

 

www.youtube.com

 

 

<Be the light>

Just the thought of another day
 いま思うこと
How did we end up this way
 一体 どうして こんなことになったんだろう
What did we do wrong?
 僕たちは何か 悪いことでもしたんでしょうか?
God……..
 神さま・・・・・

 

Even though the days go on
 どんなに時間が経って
So far so far away from
 あの日から遠く離れたとしても
It seems so close
 まだこんなにも 近くに感じる


Always weighing on my shoulder
 ずっと肩にのしかかっている
A time like no other
 他とは全く違った あの時が
It all changed on that day
 だって 全てが変わってしまった・・・あの日から
Sadness and so much pain
 悲しみと 多くの痛み


You can touch the sorrow here
 まるで触れるくらいはっきりと その悲しみはここにある
I don’t know what to blame
 どうやって 誰を責めたらいいかもわからない
I just watch and watch again
 僕はただ何度も なんども 見つめていた・・・・

 

Even thought the days go on
 あれから何日も経つけど
So far so far away from
 あの日から 時間は離れはしたけど
It seems so close
 それでもまだ 気持ちや心は その近くに留まり続けてる

 

What did it leave behind?
 あの出来事は 何を残して行った?
What did it take from us and wash away?
 なにを僕たちから奪い 押し流してしまったんだろう?
It may be long
 きっと答えを得るには長い時間がかかる
But with our hearts start a new
 けれど 新しい心でスタートを切り
And keep it up and not give up
 ものごとを続けていくこと・・・・  諦めずに、
With our heads held high
 顔を高く上げて・・・・

 

You have seen hell and made it back again
 地獄を見たんだ  そしてここに戻ってきた
How to forget? We can’t forget
 どうして忘れられる?  忘れられるわけない
The lives that were lost along the way
 あんなふうに奪われていった命たちを
And then you realize that wherever you go there you are
 どこに行ったとしても君は<居なくなること>は出来ない
Time won’t stop
 時間は止まらない
So we keep moving on
 だから 僕たちも動き続けよう

 

Yesterday’s night turns to light
 昨日の闇は 光に変わる
Tomorrow’s night returns to light
 明日の闇は 光に還る
Be the light
 その光になれ

 

Always weighing on my shoulder
 いつも 苦しみを感じてる
A time like no other
 比べようのない あの時のこと
It all changed on that day
 あの日 全てが変わってしまったんだ
Sadness and so much pain
 悲しい・・・・   心が痛い

 

Anyone can close their eyes
 目をつぶって
Pretend that nothing is wrong
 何も悪いことなんか起きてないフリは誰でも出来る
Open your eyes
 でも それでも目を開けて
Look for light
 光を探せ

 

What did it leave behind?
 あの出来事は 何を僕たちに残し
What did it take from us and wash away?
 何を僕たちから取り上げ 流し去ってしまったんだろう?

It may be long
 まだ 道は遠いけれど
But with our hearts start a new
 僕たちの心を新たに出発させ
And keep it up and not give up
 続けて行こう 足を止めないで
With our heads held high
 諦めずに 頭を高く掲げて・・・・・

 

You have seen hell and made it back again
 君は地獄を見てきた でもまたここに戻れた
How to forget? We can’t forget
 どう忘れられる?  忘れることなんてできない
The lives that were lost along the way
 あんなふうに奪い去られていった命たちを
And then you realize that wherever you go there you are
 これから君がどこへ行こうと どこにでも<君>はいるよ
Time won’t stop
 時間は前へと進んで行く
So we keep moving on
 だから 僕らも続けよう

 

Yesterday’s night turns to light
 昨日の闇は 光に換わる
Tomorrow’s night returns to light
 明日の闇は 光に還る
Be the light
 その光になれ

 

Some days just pass by
 ある日々は ただ過ぎ去って行き
And some days are unforgettable
 ある日々は 忘れられないものになる
We can’t choose the reason why
 僕たち人間に 選択権はないけれど
But we can choose what to do from the day after
 でも 「その日」のあとに何をするかは 択ぶことができる
So with that hope,
 だから 希望と
With that determination
 その決意をもって
Let’s make tomorrow a brighter and better day
 共に明日を 明るく輝く より良い日にしていこう

 

 

 


ついでに 

同じ人の別の動画も
とても良いので 貼っておきますね♪
この人が どなたかは存じませんが・・・

 

間奏のところで
有名な、防衛大学校第一回卒業式での
吉田茂首相(当時)のスピーチを入れてるセンスが秀逸・・・
PRIDE の文字がオーバーラップするところで 思わず泣きそうになりました。

 

私たち国民の生命や、生活を守るために
日々 過酷な訓練に耐えながら

 

体力や精神力を削るようにして 
より強く より正確にと
任務遂行のために 自身を鍛えてくれている人たちに

 

「いったい自分たちはなんのために・・・・」 みたいな、
悲しい想いをさせてしまっては いけないと思うの。

 

そういう人たちの<名誉>は
日ごろ守ってもらっているお返しとして

 

私たちが 逆に彼らを 
しっかりと守っていくべきなんじゃないのか? と
なんとなく思っているから わざわざ書いておきますね。↓

 

「私は 陸海空 全ての自衛隊の皆さまに 感謝しています」(特に最近は)

 

もちろん こういった災害時には、自衛隊さんだけでなく
他の様々な人たちも 全力を尽くして下さっているから

 

その人たちにも同様に とても感謝しています。

 

心で思うだけでなく ちゃんと声に出して伝えることも、大切だからね♪

 

 

www.youtube.com

 

 

 

 

<We Pray For You>

 

2011年秋に日本に戻ってから
不在にしていた期間の 社会的な知識も少し補わなくちゃと思って、
いろんな情報をネットで見るようになった。 

 

イタリアでは最後の3年間しか
ネット環境の整ったところに住んでいなかったから、
2000年から2009年くらいまでは
日本でどんなことが起こっているかはもちろん
そのときの首相が誰だとかすら、ほとんど知らずに過ごしていた。

 

毎年新しい流行が生み出される日本。
10年以上の社会的ブランクが これからの生活に
どのような影響を及ぼすのか
及ぼさないのか、
予想は難しい。

 

この歌は、そうやってネットサーフィンしてる時に出会った。

 

さまざまな話題について
海外の反応を翻訳しているブログで知ったと思う。
<パンドラの憂鬱>さんだったかな?

 

東日本大震災と 
アメリカでの竜巻の 被災者たちのために作られた歌で、
初めて聴いたときから
とても強い想いと メッセージに心を揺さぶられて


大好きになって

 

それ以来
心が 慰めとパワーを必要とした時には 
繰り返し
YouTubeの この動画を訪れる。

 

そのブログさんでも たしか歌詞の和訳を載せていたけど、
自分でもこの歌を訳してみたいと思ったので、
ここにご紹介します。 

 

動画の下のディスクリプションにある説明と 歌詞を訳しました。

 

数年経っても あまり再生数が増えて行かないとこ見ると
まだ知らない人も多いみたいだから、
いい音楽だし、ぜひみんな聴いてみて!
という勝手なおせっかい♡

 

JRiceというミュージシャンと、
彼の友人の 55人のユーチューバーたち。

 

彼らのこの曲を聴くと、
「この世界も まだ捨てたもんじゃない」 という気持ちになれる。

 

I pray for you
We pray for youって英語は、きれいな響きの言葉だなって思う。

 

この人たちは おそらくリアルでは 
たぶんほとんど 会ったことがない人たち同士なんじゃないかな。

 

彼らはべつに 仲間同士で<祭り>をしているわけじゃない。
このVideoに参加してる人たちは どうやらみんな
自分の家とか 寝室とか 
日常の、たぶん一番プライベートな 地味な空間で、

 

日本だったら たぶんお母さんが 
「なにうるさい音出してるの、近所迷惑でしょ!」って
入ってきそうなシチュエーションで (笑)

 

オーディエンス(聴衆)や プレス(報道してくれる人)が
目の前にいるわけでもなく 

 

ほとんどが たった一人で

 

「被災したり、犠牲になった人たちのために何かしたい」 
「困難な状況にいる人たちを励ましたい」 という
想いの強さで歌ってる。

 

彼らのことは何も知らなくても
彼らの善意や あたたかさ 優しさは 感じられる。

 

彼らの姿から
歌声から
ものすごいパワーと 勇気をもらえる。

 

たぶん 世の中の人々は
こちらが想像しているよりは 温かいし、
この世界は 
こちらが 勇気をもって心を開いて 見てみれば
驚くほどたくさんの きれいなものに満ち溢れていて、
自分で手を伸ばしさえすれば それに触れることだって出来るし、
自分自身で それをつくり出すことだって出来る。

 

こういう人たちの姿を見ると それを思い出させてくれ、
あらためて もう一度 それを信じさせてもくれる。

 

ありがたいなって、感謝してしまう。

 

それくらい とても美しくて、力強い歌だと思う。

 

 

 

www.youtube.com

 

 

<We pray for you (Original song) Japan Tsunami Tribute – 55 Youtubers edition>

 

If I could take it away
 もし僕に 今日(いま)君が感じている痛み
The pain that you’re feeling
 現実として生きている悪夢を
The nightmare you’re living…today
 取り除いてあげることが出来たら・・・

 

I wish that I could make a change
 何か出来ればと望んでいるけど
But I’m only a person
 じぶんはただの一個人でしかない
I’ll take my share of the burden
 背負える重さがあるのなら、その分を担いたい

 

I don’t have much to give
 あげられるものを たくさん持ってるわけじゃないんだ
But hopefully the world, will all join in
 でも、世界がみんな一緒になって
And say with me….
 僕とこう言ってくれたら・・・・

 

I pray for you
 あなたのために祈ります

 

And if we stop for a moment
 そして少しの間 足を停めて
Imagine what we can do
 自分達に何が出来るだろう と考えてくれたら・・・

 

I know together
 僕たちは一緒に
We’ll help you make it through
 あなたがたが この試練を くぐり抜ける手助けをする
We’ll help you make it through
 あなたたちが これを乗り越える手助けをします
We pray for you
 あなた達のために神様に祈る

 

While we are safely asleep
 私たちが安心して眠っている間にも
Mothers are searching
 見つからず、安全なところに居るのかすらわからない子供を
Lost and uncertain in need
 探し続ける母親たちがいる

 

My heart won’t let me believe
 心が、どうしてもそれでいいと思わせてくれない
It’s ok doing nothing
 苦しんでる人がいるのに
When others are suffering
 何もせずにいていいの って

 

Even if we don’t have much to give
 俺たちは 多くのものを 与えてあげられるわけじゃないけど
Hopefully the world, will all join in
 強く望むよ 全世界が俺たちと声をそろえ
And say with me….
 こう言ってくれることを

 

I pray for you
 君たちのために祈ります

 

And if we stop for a moment
 そして少しの間 手を止めて
Imagine what we can do
 自分に何が出来るだろう? と想像してもらえたら・・・

 

I know together
 わたし達は
We’ll help you make it through
 あなたがたが この苦痛を、通り抜けるのを助けます
We’ll help you make it through
 あなたを助けて、くぐり抜けさせる
We pray for you
 あなた達のために祈ります

 

Can’t fix it all overnight
 きっと簡単に元には戻らない
But we don’t stop trying
 それでも挑みつづけてみるよ
Until everyone’s hands unite
 みんなの手が合わさり、ひとつになるまで

 

The future looks brighter now
 今はもう少し 未来が明るく見えるよ
You may be knocked down
 君は打ちのめされたかも知れないけど
But you’ll be stronger somehow
 確実に、より強い人になっていくだろう

 

Even if we don’t have much to give
 たとえ僕らのあげられるものが少なくても
But hopefully the world
 呼びかけることはできる
Will all join in
 全世界に
And say with me
 一緒に声を合わせて言って欲しいと

 

I pray for you
 あなたのために祈ります

 

And if we stop for a moment
 そして少しの間でいいから立ち止まって
Imagine what we can do
 じぶんに何が出来るか、考えてみよう

 

I know together
 私たちは一緒に
We’ll help you make it through
 あなたたちが この試練を くぐり抜けるのを手伝うよ
We’ll help you make it through
 君らがこの苦しみから 早く抜けられるよう助けたい
We pray for you
 君たちのために祈ります

 

And if we stop for a moment
 少しのあいだ
Imagine what we can do….
 考えてみよう、じぶんに何が出来るかを

 

Yes, we will
 そう 手伝うよ
Yes, we will….
 手を貸したい

 

We pray for you…..
 祈ってるよ・・・・・・祈ってます

 

And if we stop for a moment…
 少し立ち止まり

Imagine…
 想ってる…..
what we can do…
 僕たちに 何が出来るかを…..

 


Story behind this song:
I sent out an email on April 1st to a lot of my youtube friends with a very rough mix of this song with only one vers. and chorus.
I had no idea if anyone would even be interested in singing it with me, but within 24hours 90% had responded saying they were in.
A week later I sent everyone their parts. Luckily I was familier with each individual voice, so I tried to pick parts that would showcase their vocals and also be the perfect match for mood in the song.
3 weeks later (50hours of editing/mixing)…..
All the parts were in and the video was completed.
This project has been an amazing experience and we all hope that a real difference can be made with it.

 

この歌が生まれた背景:
4月1日に、僕はこの歌のたったひとつのヴァージョンとコーラスだけの
とてもラフなミックスを、YouTube上の多くの友達たちにメールで送ってみた。
その時は、僕と一緒にこの歌を歌うことに興味を持ってくれる人が
いるのかどうかすら、まったく見当もつかなかった。
でもその後 24時間以内に90%の人たちが返事をくれたんだ、
「参加するよ」って。
一週間後、僕は各人のパートを彼らに送った。
幸い僕は一人ひとりの声をよく知っていたから、
彼らの歌声がこの歌の雰囲気にいちばん完璧にマッチするよう、
ショーケースに収めるみたいに配置(アレンジ)した。

そして三週間後 (50時間に及ぶ編集とミキシング作業・・・・)
全部のパートをつなぎ合わせて、このvideoが完成した。

このプロジェクトは素晴らしい経験だった。
そしてこの体験を通じて本物の変化が起こせることを、
僕たちは皆 願っています。

 

 

 

日本列島アトランティス説が脳裏に浮かぶほど動揺した

 

あのとき
東日本大震災が起こったとき、

 

私はまだ外国にいて 
インターネットのおかげで 日本の人たちが直接発信する映像や情報を
少しは手にすることが出来てはいたけど

 

自然の残酷さというよりは
この惑星の上に 生き物として暮らすということの如実な現実を
どこか非現実的な、映画か何かの作り物のように見ながらも
(無意識下で そうであってくれと望みながらも)

 

見ろ!これが<現実に起こっていること>だ、見ろ! 
と 何かに頭ごなしに言われている感覚で

 

理解の追い付かない感情と頭で
目にしている映像のインパクトに圧倒されながら

 

まるでそれが 今現在 
自分に課せられている義務ででもあるかのように
いくつも いくつも 震災の関連動画を見続けてた。
毎日。


日本にいる<みんな>の心情を 少しでも共有できるかと錯覚して。
日本にいるみんながいま経験していることに、気持ちだけでも追いつきたくて。

 

イタリアのTVニュースでは、原発が最大の関心事で
毎日 その続報はあり、
爆発した瞬間の映像は、何度も見させられた。

 

地震 津波 破壊 放射能・・・・・
なにか 日本という国が 
なんらかの意味で終わってしまうんじゃないか・・・・ みたいな、

 

今から思えば ばかばかしいと笑えることなんだけど
その当時は 何が次に起こるのかもわからなかったし
余震も続いていたみたいだし
何より 物理的に遠くにいすぎたせいなのか
不安感が とてつもなく大きかった。

 

こんなこと言ったら「縁起でもない」と怒られそうだけど
あの時は 本当に
日本が 海に沈没しちゃったらどうしよう って、
そんな突拍子もない考えまでが浮かんだ。

 

将来 日本という国は 
あのアトランティスみたいに

 

「昔、日本という、伝説の国があった」
なんて 語られるようになっちゃうんじゃないの って。

 

高度な文明と 豊かな文化があり 高潔な人々が住んでいた とかさ・・・
伝説として語られそうな内容が、符合するじゃん!

 

アトランティスにあったという オリハルコンだって
日本にも そんな物質なんか 
一つどころか ゼッタイたくさんあるし。
たとえば・・・・ カーボンナノファイバーとか?(適当★)

 

安全なところにいたくせに すごく怖かった。
安全なところに居ることの 一種の罪悪感も 感じていた。

 

これから日本はどうなっちゃうんだろう って 
どす黒い不安の大きさに 押し潰されそうになってた。

 

日本が海に沈むなら 私も一緒に沈むから
お願いだから 置いてかないで って気持ちになってた。

 

私の場合、家族ではなかった。 
友達たちや むしろ 知り合いですらない
とにかくいま日本に住んでる 日本の人たちと 
とにかく一緒にいたくて、
「日本」のそばに居たくて、

 

イタリアに住み始めて10年以上経っていたけど
日本に帰りたい なんて それまで一度も 思ったことなんかなかったけど
このとき 本当に初めて
日本に帰りたい って気持ちになった。
強く そう感じた。

 

もちろん 最終的に ほんとうに引き上げる決心をしたのは
他にも様々な要因が重なり合っての判断だった。

 

あちらでの日本人の友達のなかには 逆に
「しばらく日本には行けないね・・・」 とか
「今後数年は、日本に帰らないと思う」 と言う人もいたし、
「長くイタリアに住んでるのに、よく引き上げる決心したね」 
と言う人もいた。
その人は暗に 「いまさら日本で生活できるの?」 って
言いたかったのかも知れない。

 

けれど
その後 イタリアを含めヨーロッパ全体が 
思ってもみなかった数の 難民や移民たちの流入で混乱しだして
日常生活の風景も 経済や政情も 
決して良い方には変わっていない状況を見ると

 

もしかして私は 
実のところ 良いタイミングで
ヨーロッパを離れたんじゃないか って気もしてる。

 

今後 ポツポツと話すかも知れないけど
イタリアにいた頃から始まり 
帰国してからも続いて
いろいろと 個人的にも乗り越えてきた事などもあって

 

いまようやっと 落ち着き始めたところだったりする。

 

だからブログも やっと始められる状態になり、
昔語りやら 今語りやらを 
こうして 気ままに出来るようにも なったわけです。

 

日本に帰る決心をするきっかけになったから、
去年 3月11日に このブログをスタートして

 

お陰さまで 1年経ちました。

 

ウチって、読みに来て下さっているほとんどの人が
はてなブログ以外からの人たちみたいなんですが (98%・・・)
数少ない(感謝です!) はてなブログからの人たちへと同様に、
「読みに来てくれて、どうもありがとう♡」 って 
いつも思ってます。  Grazie♡

 

タイトルとはぜんぜん関係なくても
実は 感謝もお伝えしたかった記事でした。
(わかりづらくてスミマセン)

 

いや、でも シャレにならないくらい 
向こうにいた時は 真剣に心配だったんだよ?
日本列島アトランティス説・・・・

 

物理的に距離が離れていると、不安や心配が より悪化し、
巨大化すらするのは事実だ と確信します。
離れた場所に ご無沙汰しちゃってる人がいる人は
ときどき消息知らせてあげた方が親切かと。(自分もだけど★)

 

あの時は 笑えるくらい、深刻に不安になっていたけど
帰国した今は、自信をもってこう言える。

 

「沈んでたまるか、ふざけんな。」 (←その頃の自分に言ってます)

 

3.11というこの日は、 象徴的な日付ではあるけど、
その後 九州でも大きな地震があったし、
台風や 他の自然現象・・・・ そればかりか
人為的な要因で 大きな被害に遭った人たちも多くいる。
(火の不始末からの信じられない大火事とかもあったよね・・・・)

 

4つのプレートの上に乗っかっているこの国は
地震は 避けることが出来ない運命として 受け入れるしかないし

 

生きている惑星の上で生を営む以上
時に過酷な自然現象の中で生きていくためには、
自分たちの方の知恵や技術を磨くしかないし

 

人間には いろんな人たちがいるし
どんなに気を付けていても 失敗や不測の事態は起こるから

 

引き続き 「その時」に備えておくことと
さまざまな お掃除と 後片付けと 復興を
がんばっていこうね・・・・・日本!

 

 

それぞれの災害で、犠牲になられたかたの御冥福と

被災された方々の、一日も早い心身のご回復をお祈り致します。

 

 

 

 

ブログにUPした最初の記事:

luriha.hatenablog.jp

 

 

熊本地震のとき思わず書いた記事:

luriha.hatenablog.jp