これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

韃靼人の奢り

 

パリ生活の2ヵ月め。

 

私は、フィレンツェのフランス文化会館経由で申し込んだ語学学校の
ホームステイ先を出て
オペラ座近くの日本食店にあった掲示板の
アノンス(広告)から見つけた部屋に引っ越し、
モンマルトルのうしろの
ラマルク・クランクール(←メトロの駅の名前。18区)
というところに住んでいた。

 

午前中の語学学校以外はすべて自由時間 という、
夢のような生活。

 

街歩きは大好き。

 

毎日、暗くなるまで パリのいろんなところを歩き回った。

 

ある日 土曜日で学校はないから、家でのんびりと朝を過ごし、
お昼近くに家を出た。

 

学校へ行くときはメトロでまっすぐ向かうのだけど、
休日は 散歩がメインだから
メトロには乗らず、モンマルトルの丘まで 歩いて登る。

 

私が住んでたところからモンマルトルへは、
絵画のモチーフでも描かれている
「コタン小径」 という、細くて長い階段を上がったり、

 

シャンソニエ(シャンソンを聴かせる店)として有名な
「ラパン・アジル」 という店の横の坂道を昇ったりしながら、

 

サクレクールの裏側は観光客も多くないので、
休日らしい のどかな空気を吸いながら、
文字通り 散歩をしながら、ちょっとした運動にもなるコースだった。

 

サクレクール寺院の前に出ると、パリの街が一望できる。

 

お天気の日はまた格別だけど、
その日は パリに一番似合う、グレー色の曇り空。

 

こんなに曇り空の似合う街って、他にあるのかな。

 

フィレンツェの、青い空に映えるオレンジ色の屋根とは対照的だけど
住んでいる人に聞いたら 
パリは1年のうち 60%くらいは曇り空だ と言っていたので
パリの屋根の色に
あのブルーグレイを選んだフランス人のセンスは
さすがだな と思う。

 

初めて 曇りの日にモンマルトルを散歩して
灰色の空に きれいに映える 
パリの建物の白い壁と、街並みの色を見たときは
「あ ユトリロだ」 って思った。
ユトリロって、見えてるものをそのまま描いてたんだな 
って、すぐ納得した。

 

街なかで 大好きな荻須高徳(おぎすたかのり)の絵を思い出させる色彩にも、
よく出会った。

 

今日の空はグレーというよりも ダークグレイに近いから、
もしかしたら、あとでひと雨来るかな? と
バッグの中の折りたたみ傘を、何となく手で探る。

 

景色に気を取られて転ばないよう 足元に気を付けながら、
階段を 人々の群れに交じって降りて行く途中、
「雨が降るかもしれませんね」 と
後ろから 声をかけられた。

 

「ええ、たしかに」 そう答えながら もう一度 
天気が心配になって 空を見上げた。

 

・・・・・てか、誰?

 

振り返ってよく見ると、声の主は、
柔らかな色合いの褐色の髪と、明るめの色の瞳の
若い男の人だった。

 

フランス人に見えるけど、
他の国の人にも見える。
日本人にも、こういう感じの顔はあるといった感じの・・・・・
あえて例えるなら
河相我聞さん、だったかな?(←探すなら90年代の画像で) 
あんな感じの 垂れ目気味のお顔を、
皮膚や髪の色の薄い西洋人要素で再現したような見た目・・・・・

 

その人は 驚いて見ている私に向かって、
明るい笑顔で
「ハロー!」 と言った。 
(ちなみにそれまでも英語。 It’ll rain later, looks like.../Yeah, maybe...みたいな)

 

「ハロー・・・・」
たとえ知らない人でも ご挨拶は、きちんと返すのが礼儀。 
世界共通。

 

「フランス語を話しますか?」
「いいえ、ほとんど・・・ 語学学校に通っていますが」
「どこの国のかた?」
「日本人です」

 

階段をいつの間にか並んで降りながら、何となく会話が始まっていた。

 

「私はタタール人です」
「は?」
タタール!」

 

タタール人て・・・・・
だったん人とか言う、あの、「韃靼人の踊り」 の ダッタン人?
(突然ですがボロディンの「プリンスイゴールPrince Igor」けっこう好きです♡)

 

え、あれって、現実社会に、現代社会にまだ、本当にいたの?
伝説のとか、失われた民族 とかじゃないんだ!? (←無知★)
まじ!?

 

あーゆーりありーたたーる?
いえす、おふこーす! (何でひらがな)

 

思いがけない出会い&出来事に
感動が、身体の深いところから ずずずずずと湧き上がってくる。

 

タタール人・・・・・
滅多に、お目にかかれないひとだ。
聞きたいことがたくさんある!

 

心の中で感動の嵐が吹き荒れていても
顔には出てなかったと思う。
ぽけっと口が半開き状態だったような気がする・・・
タタールという、あまりにも意外な言葉を聞いたせいで。

 

折も折、ぽつっ と雨が落ちてきた。
「やっぱり降ってきた!マドモワゼル、良かったらあそこで話しませんか?」

 

モンマルトルの階段を降りきった公園の前にカフェがある。

 

私は 今日は散歩に出ただけで、
人との約束も、時間に追われた用事もない。
異論なんかあるはずもなかった。

 

窓に近い席に座を占めると
短く話し合い、
その人は二人分のカフェオレを頼んでくれた。

 

タタールって言葉はいままで、音楽や文学でしか 
耳にしたことがありませんでした。
タタール人のかたにお会いしたのは、生まれて初めてです!
貴方の生まれ育ったところはいったい何処で、どんなところなんですか?

 

好奇心でいっぱいの私の目は、そのとき輝いていたかも知れない。

 

その人の生まれ故郷は、アルタイ山脈の麓だと言った。
自分はチンギスハーンの子孫で、
タタール人であることを、とても誇りに思っているという。

 

「チンギスハーンの子孫だから、
フランスまでは遠路はるばる、馬で来たんだよ」
本当か嘘かはわからないが、世界は広いから、そういう人もいるかもな と
とりあえず思った。

 

「生まれ故郷には、自分のような顔の人(白人系)もいれば、
あなた(私)のような顔をした人もいる。
あなたを見て、故郷のことを思い出して とても懐かしくなったので、
話がしたいと思ったんだ。」

 

後からいろいろ聞いてわかったことは、その人は、トルコ語を聞くと、
意味が何となくわかるということ。
習ったことはないので 自分でも不思議なんだけど と言いながら。

 

フランス語はパリへ来てから習ったけど、
フランス人に フランス人と間違われるほど、
まったく外人アクセントのないフランス語を 自分は話してるらしい、
と言っていたこと。

 

私も問われるままに、
日本のどの町で生まれたか とか、
パリに来る前はフィレンツェにいたことなど、
自分のことを少し話した。

 

そういえば NJ(NonJapanese)の若い人って、
「この街に来る前はどこにいたの?」っていう質問を 
よくし合ってる気がする。
旅行だったり、留学(各国間の大学で相互留学システムがある)だったりで
けっこう、あちこちの国を 頻繁に行き来してる人が多いからだと思う。

 

その人との会話は楽しかったので
パリにいた間、その人とは、時々会って話をした。

 

アルタイ山脈の麓にあるという故郷の写真も 見せてもらった。 
少し色が褪せかけた写真たちだったけれど
木漏れ日のきれいな 林のような 自然の風景が 
とても印象的だった。

 

でも 
なにか理由があったんだと思うけど その人は
「あなたの町は、なんていう名前なの?」とか
「パスポートはどこの国の?」といったような
国や国籍に関する質問には、

 

「僕はタタール人で騎馬民族。 
馬で移動するから、パスポートなんかないんだよ」
と言って

 

何度か聞いてみたんだけど いつもはっきりとは答えてくれなかった。
今思えば
もしかしたら彼の、民族としての誇りに、
無遠慮に触れてしまうような質問だったのかも知れない。

 

その人と会って カフェに座って 飲み物を頼むときは、
彼はいつも私に
「ご招待します(I invite you!)」 と笑顔で言い 
必ずご馳走してくれたので
(自分で払おうとしても、片手を軽く私に向けて、首を左右に振り
ニコニコした笑顔でこの言葉を繰り返す)

 

パリのカフェで、 
カフェオレや 
ジュドランジュ(オレンジジュース)は よく
<韃靼人のおごり> で いただいていた。

 

 

オチは以上です。^ ^;

 


ネタじゃなくて、実話です!

 

 

 

 

エキゾチック♪

ボロディンイーゴリ公>より「韃靼人の踊り」

www.youtube.com

 

 

*パリへ行った経緯:

luriha.hatenablog.jp

 

 

世界情勢に不安がいっぱい

 

今までは、分からないながらも
どこか面白がって 余裕をもって見ていたトランプ氏に
にわかに巨大な不安を感じた。

 

イスラエルアメリカ大使館を
エルサレムに移動する
という発言をしたと聞いたから。

 

私は別に同氏の全ての発言をチェックしているわけじゃないから
この発言も、どういう流れの どの位置で出てきたのか
詳細は知らないし

 

誰に対して 何を言っても
「こんどは何だ?」 と 
「へー、どれどれ?」みたいな、
時事コメディアンの新しいネタを見るみたいな感覚だったんだけど

 

(日本の「芸人」と呼ばれてる人たちのなかに、そういうのネタにして
頭の切れの良さや、観察の鋭さから
皮肉が効いて笑えるジョークを作り出す人っていないよね。
私はそういうのだったら聞きたいけど、日本のTVで見る「芸人」のなかで
興味が引かれる人なんて一人もいない。)

 

先日の記者会見の映像も観たけど
トランプ氏に対する印象が変わった。

 

政治家ではないから、たしかに
アドバイザーや、スピーチライターたちが用意した原稿に従って
発言しているのだろうな とは思いながら
でも彼自身も ちゃんと 自分の頭で判断しながら
自らのシナリオ構築に 一緒に参画はしているのだろうと思ってた。

 

けど今は
「合衆国大統領ドナルドトランプ」というシナリオを書いてるのは誰だ?
と、真面目に不安になってきた。

 

トランプ氏個人はやはりどうしても 
特に政治や外交に関して
素人である自覚をもって 
良いアドバイザーを持ち 自分もある程度勉強するような態度の
深い洞察力をもつ 聡明な人物には見えないんだもの。
やんちゃな子供みたいに反応するとき、特にそれを感じる。

 

シナリオと、彼自身の人物像の 乖離を感じる。

 

たしかに 彼の今までの経歴や 立場を考えれば
おそらくもう何年も
実務は 多くの人を使って
その人たちに情報収集も分析もやらせて、
自分は「話を聞いてGOサインを出す判断をする」だけ という
仕事の進め方だったんじゃないか?
そして 選挙戦も 今も
そうやってるんじゃないか?
と推測はできるけど

 

次期大統領として 姿を見せている今の彼は、
セサミストリートのようなマペットみたいに見える。
そこに手を入れて 動かしてるのは誰だ?

 

最初は いわゆる
<アメリカの操縦桿を握っている勢力>とは
敵対してるんだろうと思ってた。
その勢力は、アメリカという国を使って
自分たちの懐を膨らませ続けることが目的で、
大統領といえども
自分たちに従わなかったり、おもしろくないことをしそうだと思ったら
あっさりその首をすげ替えたりする人たちだ というふうに理解してた。
(暗殺とかで)

 

彼はその勢力の権力や 財力に頼らずに
選挙戦を闘って勝ったから
状況を何とか 自分たちのコントロール下に取り戻したいその勢力
頑張っていることと、自らの言動のせいで(笑) 
アメリカを分裂させるほどの反発を 受けることになってるんだろうと。

 

でも、このあからさまなイスラエル寄り発言・・・・

 

真面目にまずくないですか。

 

どうしてそこに行っちゃうの? みたいな。

 

ユダヤ教徒である娘夫婦のことは耳に入ってはいたけどさ・・・・

 

中東情勢は、たしかにオバマ氏のせいで
「アメリカ、責任とって何とかしろ」 といった
再関与が待たれる状況ではあるけれど
返り咲きの方法が なんでそれなのよ?!
見せる旗は変わっていないにしろ
いきなり爆弾爆発させるようなもんじゃない・・・・・

 

トランプ氏がもろにユダヤ人寄りだとすると
プーチンロシアがハッキング工作で彼を勝たせた との疑惑は
少なくとも表面上は矛盾をはらむ。

 

だってプーチンって、ロシアからユダヤ勢力を追い出して
ロシアでは彼らに、お得意の金儲けをさせないようにしたから
いわゆる国際社会では孤立&敵対視されてるんじゃなかったっけ。

 

ぷーさんは反ユダヤ と ざっくり理解しているので
(一般ぴーぽーレベルですから)
トランプ氏のパペットマスターは 一体誰なんだ、 
と急に気になってきた。

 

ユダヤもそりゃ、一枚岩じゃないんでしょうけど・・・・・

 

中国とトランプ陣営との
最近のやりとりは、痛快で面白いし
台湾も、この状況をうまく利用できれば
国の正当性や 独立国家としてのポジション獲得まで
いけるかも知れないし

 

回り回って

 

長年いじめられっ子の役割しか割り当てられてない
我が国日本が被っている誤解を解き、
「ほんとうに歴史修正主義なのは誰だ?」 ってことを、
全世界の、白日のもとにさらけ出せるようにもなる
かも、しれない。
(アメリカはそう簡単に尻尾は見せないだろうから)

 

中国さんも 大事なメンツが潰されそうで
焦って叫びまくっているけど
トチ狂って こちらへ暴れに来ないようにしていただきたいです。
だって 実際、ほんとにやらかしそうで不安。
あからさまに VSアメリカ という態度がとれないからって
日本を標的に憂さ晴らし。
やりかねない・・・・・

 

安倍首相は、いまや
国際社会での重要なプレーヤーのひとりになってるよね。
EUも、アメリカも、国内事情で混乱してるから。
政情安定してるのって日本だけだもの。 
(また円高が~)

 

いまいちばんやっかいな イスラム教徒の人たちに関しても
彼らが日本人や 日本の社会文化に関して
「日本人はイスラム教徒ではないけど、
イスラム文化が理想とする社会を実現している」 と
好意的な目を持ってくれているのなら、

 

難しいとは思うけど 

 

なんとかそのへんから 
上手に彼らの意識を誘導して

 

「同じイスラム教徒でなくても、尊敬できる人たちは存在する」
「自分たちと同じ生活習慣をしてなくても、仲良くすることはできる」
と <自覚> させるとこまで もってけないかなあ・・・・・・

 

(私たちがそう「教え諭す」のは、たぶんNG。彼らが自発的に
その結論に達して、それが彼らのなかに自然に広がっていくのが
たぶん、理想。)

 

コーランか、剣か>で何世紀も生きてるイスラム教徒さんたちは、
基本的に他人(=他宗教)の話は聞かない人たちみたいだけど

 

日本や、日本人のことには興味をもっているらしいから
日本人の言うことには耳を傾けてくれる可能性がある。

 

これってすんごいアドバンテージなんだけど
(下手うったら諸刃の剣だけどね★)
そこまでの外交能力も、メンタリストみたいな煙に巻く能力も、
自分の言いたいことを うまく人に伝える能力すら
日本人たちには欠けているから

 

世界平和への道は まだまだ遠いんだと思います。

 

ほんとにねぇ
日本人の潜在能力と
日本人の気質をもってすれば
世界平和実現のキーパーソンの役割も
出来るんだと思うんだけど・・・・・

 

とにかく当事者意識がなくて
自分の周囲3mくらいのことにしか 興味がなくて
選挙にすら行かなくて
(ウチの弟どもが揃いも揃って★)

 

放っておいたら
いつの間にか 国の内でも外でも
好き勝手やられてたりして
内にこもってる場合じゃないトコに来てるからねぇ

 

日本の若者たち、
ちょっと <我が国> と <その国民であること>
という視点からも、自分の人生を見てみてください。

 

俺関係ねーし エイゴできねーし 興味もねーし
とか
私ゲームさえできれば満足だし 誰かアタマいい人がやれば?
とか
近視眼的なとこでしか見られないなら、
ずっとそこに沈んでていいよ。

 

そういう人って 自分の頭使って考える習慣がなさそうで
指示されなきゃ何も出来なさそうだしさ。

 

でも少しでも
自分も何かの役に立ちたいとか、助けになりたいとか
日本社会や 世界情勢に対して
当事者意識があるなら

 

なんでもいいから
手探りでいいから
いざという時に 何かの役に立てるような
勉強なり 
情報収集や分析、
頭や身体を使う訓練なんかを
プライベートの時間にしておくことも大切だと思うよ。

 

最近は 日本人でありさえすれば 
安易に サムライ という称号を贈ってるけど
昔のお侍さんたちは
たとえ太平の世であったとしても
いつ戦が起きても すぐに自分自身がお役に立てるように
実際にはすぐには用(要)がなくても
武術も、
命や戦に対する心構えも、
それが今日起こってもいいように
鍛錬していたんだから

 

日本人ってのは 歴史上
お百姓さんだって
漁師さんだって
くにを守る局面には 殿様のもとに集まって 
「それ自分の職業じゃないんで」 なんて言う人はいなくって
みんなで一致団結して 協力しあってきたんだから

 

21世紀になっても それを忘れちゃいけないんじゃない?

 

ちゃんと政治も 経済も 観察しよう。
世界の動きも。
一生懸命働いてくれてる人たちを応援して
私腹を肥やすことしか考えてない人たちを見抜いて、追い出そう。

 

私たちが無関心でいることは ズルイ人たちにとって、
菌が繁殖するための水分と温度みたいなもの。
好条件でしかないんだよ。

 

自分の自由時間のなかの 少しの時間でいい。
少しずつ 観察し 考えて 
人と意見交換したり いろいろ勉強する
機会を持っていこう。

 

そうすれば結局、自分にとっても
もっと安心して
ゲームや マンガや 好きなことに自由に没頭できる
平和な社会にも なると思うよ♪

 

 

 

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ヘンな響きのイタリア語

 

イタリア語って ときどき、
日本人が聞くと
「・・・・・・へんなの~」
と感じてしまう響きの言葉がある。

 

イタリア語を習い始めたとき、
日本でイタリア語って 
食べ物以外で聞くのは
音楽用語くらいしかないから
フォルティッシモとかフェルマータとかクレッシェンドとか)
どの単語も耳馴染みがなさすぎて
なかなか覚えられなかった。

 

そんな時期、聞いて
やだぁ★
と (勝手にも)思った単語は、イタリア語のスカート。 
そう、女性の衣服の、アレです。

 

スカートのことをイタリア語では 
ゴンナ(Gonna) というの。

 

最初に習ったとき
なにそれヤダ、重そうな音・・・
スカートって、もっとこう、軽やかさを感じる響きで表現すべきじゃないの?
と 何となくの拒否反応まで出た。(笑)
腰回りに重さを感じたような気も・・・・・(気のせいだろうケド)

 

覚えにくいなあ と思ったのは
自転車 (Bicicletta ビチクレッタ)とか、
さようなら (Arrivederci アリヴェデルチ)とか、
スプーン (Cucchiaio クッキィアイオ)とか
サンドウィッチ (Tramezzino トラメッツィーノ)とかの、
ちょっと長めの単語。

 

映画もさ、
ニューシネマパラダイス> ってあったじゃない?
トルナトーレ監督の。
子役のトトが可愛かったよね。

 

あれも、イタリア語の原題だと
<ヌオヴォ チネマ パラディーゾ> Nuovo Cinema Paradiso

 

えーーーーー?

なんか、響きがいやー(泣) ←これも、初めて知った時の反応・・・・

 

普段の会話でも
Let’s go there といった、
「行こう!」 「出かけよう」 「しゅっぱーつ」と 
友達同士とかで かけあう言葉に
Si va? シヴァ? (行くか?)
Andiamo ?/! アンディアーモ(出よっか?/行こう!)
と言う以外に
アンディアーモチ! Andiamoci! (そこに行こう!)
という言葉がある。

 

日本人としては こう感じずにはいられない。
「モチってなんだよ、モチって・・・・」

 

でも このモチは、
主語が「私たち」のときには、よくある響きなのよね。
最後のチが、「自分たちが~する」という意味を表す語だったりするので。

 

「さようなら Arrivederci」も、分解すると
「再び見る」 「自分たち(お互いを)」 という二語から構成されてる言葉。

 

「乾杯しようぜ」は Brindiamoci ブリンディアーモチ
「話し合いましょう」は Parliamoci パルリアーモチ 
「また会いましょう」は、文章の途中に言うとき以外は習慣的に、
Vediamoci ヴェディアーモチ よりも 
Ci vediamo! チヴェディアーモ(またね!)や
A presto! ア プレスト(近いうちに!)と言うことのほうが多いけど。

 

あと、目の前で誰かが話してる内容の要約を求めて
「てコトは?」 「つまり?」 と言葉をはさむ時のイタリア語は
Cio e’?  チョエ?
って言うんだよね・・・・・

 

ちょえ ってなんだよ、チョエって! 笑うでしょうがw
と思った。

 

Cio (チョ) という語は、言いたい内容全体を、
漠然と 「それ」 というときの「それ」で
e’ はいわゆるbe動詞のisと同じだから、
Cio e’ は、答える側が言うと
「それはね・・・」と説明を始める時の言葉にもなる。

 

イタリア語には質問文の形はなくて、
通常文の語尾を上げれば、そのまま疑問形になるから。

 

英語でいうと
Is this a pen? というように語順を変更しなくても、
This is a pen? と言えば 「これってペンなの?」の意味になる。
イタリア語って そのへん(だけ)はラクなんだけど。

 

倒置法的に Is a pen, this? という語順でも
質問文として普通に使う。

 

日本語もそういう傾向あるけど、イタリア語も
語順はそこまで厳密じゃなく、多少前後しても
文として成り立ったり
意味としては通じたりするね、日常会話では。

 

 

さいきん、お正月がらみでご近所で餅つきのお手伝いしたり
美味しいお餅いただいたりしてたものだから
イタリア語の「モチ」が思い出されて(?)
書いてみました。(^_^;>

 

ちなみにこの記事、
あとでまた、他にも変な響きのイタリア語を思い出したら
随時更新していこうと思います♪

 

 

 

1/18/2017 さっそく思い出しました★
蚊=イタリア語でZanzara ザンザーラ
「か」っていう方が、あの昆虫の身体の小ささとか華奢さには合ってるよねぇ。
「ザンザーラ」だと、巨大化しそう(怖)。
なんか、ウルトラマンとか仮面ライダーとかに倒される怪獣の名前みたい・・・

 

サッカー=Calcio カルチョ
これも、あの激しい動きのスポーツを連想するような音じゃないですね・・・
飽くまで私にとっては、ですが。
「かるちょ」って響きからは、そうだなあ、幼稚園くらいの子供たちが
ビニールボールで、大人のサッカーの真似をして
「えいっ」と蹴り合ってる映像が連想されます。(かわいい感じ♡)

 

 

 

 

冬のカフェメニュー<チョコラータ・カルダ>

 

イタリアではチョコレートは、食べるだけじゃなく、飲むものでもある。
しかも さらっとした 「チョコレート味の飲み物」 じゃなくて
チョコレートそのものを そのまま液状化したような、
イタリア語ではデンソdenso と表現される
粘性の重さのある液体。 

 

でも店によって差はあって、
薄めのココアみたいな
「これってチョコラータ・カルダ?」と聞きたくなるようなモノも
時にはあった。


ちなみにカルダcaldaは、熱い、という意味。
(男性名詞につくときはカルドcaldoと語尾変化)

 

冬、大きなバールにはたいてい置いているけれど、
ガイドブックでは
シニョリーア広場のカフェ・リヴォワールが有名だと書いてあったかな。

 

私もチョコレートは大好き。
でも実は
あまり飲み物のほうのチョコラータには
そこまでのパッシォーネpassione(情熱)を感じないほうだったので、
冬が来たらどこかへ必ず飲みに行く、というわけでもなかった。

 

でも 「あそこのチョコラータが恋しい」 と、
冬になると行きたくなるお店はあった。

 

カルミネ教会広場の先の、ヘミングウェイというお店。

 

ここにはカカオの割合が %ごとに分かれているチョコラータカルダがあって
甘みが全く入ってない、たとえば70%くらいのものを選ぶと、
もう、ただ苦いだけの飲み物になる。

 

男の人はその苦さが好きらしいんだけど 私は無理で、
いつも甘みのあるほうを頼んでた。

 

この店で作っているオリジナルではなくて
仕入れて置いているものだけど
フィレンツェの特別なパスティッチェリーアのつくる特別なチョコレートケーキも
ここで食べられる。 

 

これがおススメ。

 

濃厚で豊かな、大人な味のチョコレートケーキなんだけど、
卵、小麦粉、バター、生クリーム、砂糖が、
いっさい、まったく入っていないチョコレートケーキなんです!

 

それでどうやってこんなに美味しくなるの???
という不思議なケーキで、
一口食べたら、たぶん誰にとっても印象に残るケーキだと思う。
ふっくらしたものじゃなくて、
みっちりと詰まったチョコの真髄、みたいなケーキ・・・・・

 

私はご縁があって、これを生み出したご兄妹と
お話ししたことがあるんだけど、
このケーキ、いちど日本の有名デパートさんだかと
日本への輸出の話が持ち上がったけど、
理想的な輸送条件が整わなくて 頓挫してしまったそうだ。

 

要するにクール便が必要だったんだけど、
ケーキの品質を保持するための、なんかいろいろ細かい条件が
どうしても合わなかったらしい。

 

ピストッキPistocchi というケーキだった。 
(いま調べたらTorta Pistocchi トルタ・ピストッキ が正式名称)

TortaPistocchi® | Torta di cioccolato fondente *イタリア語のみっぽいです★

 

直営店はフィレンツェの観光中心地(チェントロ)からはすこし離れた
住宅地エリアの中にあるけど、
チェントロエリアのお店にも、販売用に置いてるところも
増えてきてたと思う。

 

あれからもう何年か経っているので、今なら輸送条件整ってないかな~
どこかの日本企業さん、輸入してください♪ 
そしたら買います♪(とんでもない値段にならなければ)

 

そうそう、そういえば
サンタクローチェ広場でチョコラータのメルカート(市場)が開かれるのって
たしか1月の中頃からじゃなかったかな。

 

まだ続いているのかわからないけど
私がフィレンツェに住んでた頃は、
年明けの寒い時期に
トスカーナ州のチョコラッテリーアをはじめ
イタリア全国、他のEU諸国からも参加する
ちょっとした規模の「チョコレートの祭典」をやっていた。
2週間くらいは開催してたような。

 

並んだテントの それぞれのお店が 
凝った飾りつけと共に 魅力的に商品を並べていて
さまざまなプラリネやタルトゥーフォ(トリュフ)←チョコレートの
チョコラータカルダ
ジェラート
チョコレートリキュール
その他にも、いろんな、チョコレートを使った珍しい製品が並んでいた。

 

その場で食べることも出来るし、買って帰ることも出来る。
いつ行っても多くの人でごった返していて
そこに来ている人みんな、
大人も 子供も
顔が ほんとにもう とても幸せそうに輝いてた(笑)

 

この広場では、11月の中旬からクリスマス直前まで
クリスマスマーケット(ドイツからやって来る)も 毎年開かれてるんだけど
だんだんと規模が縮小していってて(参加するお店の数が少なくなっていってた)
ちょっと寂しい感じになってたな。

 

毎年 心待ちにしているファン(私もその一人だったけど)は
メリーゴーランドの形をした可愛らしいバールや
ヴァンブリュレ というドイツ風ホットワイン(ちなみに白ワイン)
ドイツのソーセージにザワークラウト
ドイツのビール、
ストゥリューデルというリンゴパイ
そして
クリスマスのいろんな飾りや
キャンドル、ランタン、
テーブルクロスなどのキッチンファブリック、
お皿やカップ、
ポプリや アクセサリーなどの雑貨類・・・・・
たくさんの、素敵なものたちを楽しんでた。

 

冬の寒さが厳しい時期でも
フィレンツェでは いつも何かしら こういった街のイベントがあって
それによって街全体に明るさをもたらし 
心を浮き立たせる雰囲気が あった気がする。

 

乾いた晴天の続く日本と違って イタリアの冬は
灰色の空だったり 雨が降る日も多いけど
イタリア人は 寒い季節は 寒いなりに
楽しむ術を持ってたみたいで
彼らは冬でも相変わらず ずっと笑顔で過ごしてた(笑)

 

 

 

イタリアのクリスマス休暇は1月6日まで


 
イタリアでは クリスマスが終わっても
飾りつけをしまうことなく そのまま新年を迎え、
1月6日まで お祭り気分が続く。

 

12月の中頃を過ぎると、人々は
そろそろ始まる年末の気分に心を浮き立たせながら
「ブォネ フェステ Buone Feste! (良い祝祭たちを)」
という挨拶を交わし合う。

 

その祝祭たちとは
ナターレ(Natale クリスマス)
カポダンノ(Capo d’anno お正月)
そして
エピファニア(Epifania 公現祭)

 

この最後のエピファニアの日が、1月6日。

 

公現祭というのは、キリスト教のお祭りで
聖書にそのエピソードが書かれているんだけど

 

東方から三人の博士が、「メシア(救世主)がお生まれになる」ことを知り
星の導きに従い、長い旅をしてきて
クリスマスの夜にベツレヘムでお生まれになった
赤ちゃんのイエスキリストを ようやっと見つけ出し、
<我らの救世主>として捧げものをし、礼拝したのが、1月6日だった
というもの。

 

誕生当日の夜も、近隣の羊飼いたちが天使のお告げを聞いて
馬小屋で生まれたばかりのイエス様のもとに集まり、礼拝をしたけれど、
ちゃんとした知識階級である博士たちが
「本当に救世主が生まれた」と確認したことで初めて そのことが 
<公に><事実として現れた> ということなんだそうです。

 

西洋らしく、<認識されないことは事実として存在しない>
ってことなんでしょうね。 
シュレディンガーだっけ?ナントカの猫、みたいな。

 

フィレンツェではこの日の朝、
ドゥオーモで 公現祭の特別礼拝が行われる。

 

エキゾチックな、昔の中東ぽい衣装や、ルネサンスの頃の衣装を着た
市民の人たちが、街なかをゆっくり歩き、ドゥオーモへと向かう。
もはやコスプレ行列なんだけど、とても素敵な衣装ばかりで、
私はこのエピファニアの行列を見るのが大好きだった。

 

この日はキリスト教のお祭りであると同時に、
子供たちにとっては
ベファーナという魔女が
良い子には贈り物、悪い子には炭を持ってくる という
言い伝えの日でもあるから
鼻の大きな、ちょっと怖い顔をした魔女のお人形も
街のあちこちで よく見かける。

 

そして6日を過ぎたら
それまで約1ヵ月、朝食をはじめ おやつに食べていた
甘いパン菓子のパンドーロやパネットーネの季節が過ぎた、ということで
売れ残りの大安売りが始まる。

 

同時に
街じゅうで、冬のサルディ(saldi セールのこと)が始まるから
みんなそれぞれ、食べ物も 着るものも
お目当てのものを手に入れるべく
イタリア人も 観光客たちも
買い物に走る。

 

質の良い革ブーツなんかは、このサルディの時が狙い目ですよ!
近年は消費者を早く取り込もうと、6日を待たずにセールを始める店が出てきて
ちゃんと期日を守りましょう、とフライングをたしなめられたりしてたっけ。

 

政府は TPPの展望が
アメリカのせいで先行き不透明になってるから
代替的な対策として 
EUとのFTA交渉に本腰を入れる、との報道があったけど
ヨーロッパの製品が それこそ 食べ物も 着るものなども
今よりも安く 日本で買えるようになったら嬉しいな♡

 

あの 冬の華やいだ街並みを思い出しながら
イタリアでお気に入りだったパネットーネまた食べたいなあ~
とか 思ったりする。

 

 

 

2006年ワールドカップ決勝戦

 

をイタリア人たちと共に イタリアで観たときのレポート。

 

このまえのFIFAクラブワールドカップでの鹿島アントラーズの善戦を観て
ワールドカップといえば
そういえば私、イタリア優勝をイタリアで観たんだったなあと思い出しました。

 

それでね、話題が遅いのは、このブログの主旨なんですね♡
過去話がメインですから♪
(↑開き直り☆ そして12月ってなんでか忙しいよねT_T)

 

ということで

 

イタリアVSフランスの決勝戦が行われる日
アルノ川沿いの少し広い 普段は駐車場になってるスペースが解放され
大きなデジタルスクリーンを載せたトラックが鎮座し、
川沿いの道路も車両に対して完全封鎖、
歩行者天国状態の、即席の
野外観戦&応援スペースが出来ていた。

 

日本人の友達に「一緒に行かない?」と誘われて、
女の子3人で行ったんだけど、
イタリアでは夕方の時間で、見た感じ若い子ばかり、
ものすごい数の人が集まってた。

 

「えりちゃん、待ってー!」
ずんずんとスクリーン前へと進んでいく友達に遅れそうになって、
人ごみのなかで、日本語で大きな声を挙げてしまったからか
周りが ザッ といっぺんに振り返って、こちらを見た。

 

え?ゴメン、邪魔した? 
と一瞬 こめかみに汗を感じる。

 

そのまま じーっと 私を見つめる子たちがいたので
(たぶんほとんど高校生とか大学生くらいの10代の子)
とっさに
「シアーモクィ ペルファーレイルティーフォ ペルリターリア エ?」
Siamo qui per fare il tifo per l’Italia, eh? 
わたしたち、ここにイタリア応援しに来たんだからね?
と言うと、


その子たちは
「イエーイ!!!」 「オー!!!」 「ブラーヴェー!!!」
などと盛り上がってくれて、スペースを開けて
満面の笑顔で 私の背中や肩をばんばん叩きながら 道を通してくれた。

 

イタリア人はそう背の高い人たちじゃなくて、
けっこう日本人と体型が似てると思うけど
(北イタリア人はドイツ人との混血で背高い人多し)
私自身背が高くないから、こんなにたくさんの人の中だと、
せっかくの大スクリーンでも、画面の上の方しか見えない。

 

やっぱり男性というか、男の子たちのほうが熱心だから
スクリーン前で 自然に黒山を作ってしまうし、
ときどき人が動くときに 空間に隙間ができて覗けることはあるんだけど
ずっと安定して観続けるのは けっこう厳しいんだよね・・・・・

 

彼氏にくっついて来た、みたいな、
あまり試合そのものに興味はなさそうな女の子たちが 後ろのほうで
女の子同士おしゃべりしてたりもして、わりと自由な空間。
みんな缶ビールなどを片手に、ほぼ全員立ったまま
おしゃべり or 観戦 といった感じでした。

 

ときどき見えたり、見えなかったり。
背伸びしたり、休んだりしながら
そこで観戦(一応)を続けていたら、あの瞬間が来た。


 
ジダンの頭突き事件。

 

最初、誰も 何が起こったのかわからなくて
「え、なに?」
「なんかあったの?」
「試合、ひょっとしていま中断してる?」
と静かにざわついていたのだけど、
再生映像が映し出され、ジダンが頭突きしたことがわかると、
その場がエライ騒ぎになった。

 

抗議の「オー!!!(怒)」が空を突き上げるように一斉に沸き起こり、
口々に
「信じられない!」とか
「恥を知れ!」とか、
まるで目の前の人間を責め立てるように、
画面に向かって腕を振り上げて怒鳴る人もいれば、
後ろを振り返って周りの人と
「今の見たか?なんて卑怯なマネをするんだ!」と叫びあう人もいて、
それまで皆、顔はスクリーンに向いていたのに、
顔をはじめ身体の動きが 不穏な雰囲気をはらんで
バラバラに動き始めた。

 

試合が再開されたのですぐに収まったけれど、
あの異様な空気と空間の数分は
その場の殺気というか、周りのエネルギーが がーっと増して、
ちょっと緊張感が高まった。

 

そして 最後にイタリアは、フランスに勝った。
(画面がよく見えない状態はその後も続いていたので、
臨場感なくてすみません・・・・)


 
イタリア、ワールドカップ優勝。

 

歓喜の瞬間、
ワーッ!!!!!!!とその場じゅう、皆が
空に、真っ直ぐ上に飛び上がった。

 

あの頭突き事件の後だけに、みんな本当に、すっごく嬉しそうに飛び上がって、
抱き合って喜んでた。


知ってる人も知らない人も、ぜんぜんもうそんなの関係ない。
周りじゅう 手当たりしだい、誰とでも喜び合った。

 

私たちももちろん嬉しくて、何よりその場にいたから、
イタリア人たちの喜びの輪に自然に参加してた。

 

興奮して叫びまくってる人、
ぴょんぴょん飛び跳ねてる人、
(単独もいれば3~4人で肩組みながらもいれば、丸く輪になってるのも)
何やら歌い始めてるグループ、
よくわからないけど、なんか走ってる人もいたな・・・

 

そのうち興奮が収まってきて、
そろそろ帰ろっか、と私たちも群衆に混じって歩いてるうち、
どこからともなく言葉の合唱が聞こえてきた。

 

カンナバーロ! スービトサント!!」
Cannabaro, Subito Santo! カンナバーロをすぐ聖人に!

 

ローマ法王バチカンに、
今すぐ彼を聖人として認めろ、という要求をしてる(笑)


もちろん冗談というか気分の上での言葉だけど(・・・たぶん)
日本で言うなら
「今すぐ彼を神様として神社をつくって祀れ!」
みたいなニュアンスかな。

 

通りでも、両側の建物の開け放った窓々から、
通りに向かって喜びの大声が降ってくる。


中にはビールなのか水なのか、
そんなもんを上から ざばっとぶちまける輩もいて、
うっかり歩いてると 非常に危ない。

 

でも、すっごく楽しくて、嬉しい気分だった。

 

わたしはイタリア人じゃないけど、もうイタリアは 
自分の<身内の感覚> になってた頃だし
周りじゅう、街じゅうが、
みんなみんなハッピーで
同じ喜びをこんなにも共有している感覚って、
生まれて初めてだった。

 

車の交通量の多い大通りに出ると、モトリーノの数が凄かった。

 

雲霞のごとくびゅんびゅんと、道路じゅうを埋め尽くすほどの数。
モトリーノたちの間に車やバスがあるってカンジ。 

 

二人乗りで 大きな音を鳴らしながら走ってるのが多くて、
車も、たくさんがクラクションを鳴らしまくって走ってた。 

 

優勝の喜びを祝うための、爆発的なクラクションの音の洪水で
大通り全体が、まるでファンファーレの川だった。

 

大きな旗を誇らし気にはためかせながら走り抜けていくモトリーノの
その旗を良く見てみたら、
地元フィオレンティーナの旗だったので、
友達たちとみんなで そのモトリーノに向かい、

 

「関係ないじゃーん!」
と叫んであげた(笑)

 

友達の家でスプマンテをポン!と開けて、イタリア優勝に乾杯した。

 

気持ちよく酔っぱらえましたね~♡ 
おめでたいコトだしね!

 

この日以降、数日間、人との挨拶は
「チャオ、勝ったね」 「チャオ、ああ、勝ったよ」
だったんですけど、私の周りw

 

とても楽しい思い出です。^^

 

 

*2010年WCアフリカ大会の時のオフィシャルソングだけど、
使われてる映像はこの2006年の時のみたいだし
あのときの、私が経験したイタリアでの空気も感じられて
好きなPVです。
このPVのシャキちゃん可愛い♪
彼女の歌は、スペイン語バージョンの方がだんぜん良い!
ので、独断と偏見でスペイン語バージョンのほうをお届けします。

 

 

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コミュニケーションの技術

 

自分の意見や 感じたことを
相手に対して表現するのが苦手なのが、日本人。

 

控えめで 謙虚であることが美徳とされる文化だからこその特徴で
<謙虚さの美徳> という感性は 他の文化圏にもあるのだけど、
実践できているのは、ほぼ日本人だけという事実。

 

昔と違って、今はあらゆる境界線がボーダーレス化している。
インターネットは家に居ながらにして、世界中の国境を越えて
情報や映像をリアルタイムで手に入れられる。 

 

飛行機に乗ることじたいも、経済的にも負担が軽くなったおかげで
物理的な人の行き来だって、昔と比べたら
ボーダーレス化していると言える。

 

ゆえに

 

好むと好まざるとに関わらず
たとえ自分の国から出なくても

 

今までは 関わることなく済んでいた
外国から来た人々や それに関連した事態にも
鉢合わせたり、巻き込まれたりすることが、
今後も増えていくと思われる。

 

そういう時に ほんとうは、
ここは日本なのだから、
訪問者である相手側(外国人)の方が
こちらの言語でコミュニケートしようとして、
せめて挨拶や簡単な単語くらいは 覚えようと努力すべきなのだけれど
上記の通り
民族単位で謙虚なのは
全世界で、ほぼ日本人くらいです。

 

だからやっぱりこちら側が
「そうだよね、日本語きっと難しいよね。 
じゃあ私ががんばって、あなたにエイゴで話してみるね」
ということになるんだと思うのよ、現実的な話として。
なんたって <おもてなしの国> ですから。
(個人的には 日本語で押し通しても良いと思うんですけどね)

 

でも実際問題、たとえ言葉が通じなくても、
身振り手振りでなんとかなるのが地球人同士。

 

まじめに日本語を勉強している外国人だって増えてきているし、
通訳ソフト/アプリも日進月歩しているわけだし
言葉の問題そのものは、実は大して大きなものでもないと思う。

 

私は、コミュニケーションというのは
「言葉」そのものよりも
「意思」の疎通のほうが、数倍大切だと思う。

 

嬉しいという言葉(=外国語の単語)は知らなくても、
喜んで飛び跳ねて見せれば、
この人は嬉しいんだ って相手に伝わる。 
コミュニケーションて そういうことだと思う。

 

これは自戒も込めているのだけど

 

ありがたいとか 嬉しいとか、
ポジティブなコミュニケーションはいい。

 

でも逆に、
特に怒っているときや、やめてほしいとき、
日本人同士でするときのように、むっつりと黙り込んでも
外国人の相手にそれは伝わらない。


 
文化的背景が違う ということは、
「自分の普段のやり方では、伝えることが基本、不可能」
なんだってことを踏まえて、コミュニケーションにかからないといけない。

 

怒ってるなら、それを相手に分からせるために
大きな声で抗議するっていう「演技」も、
それがいちばん効果的であるなら、そうすべき。


 
そんなことをしたくない、という自分のスタイルにこだわって
意思が伝わらないんじゃ、意味がない。

 

日本人は冷静で、感情コントロールもできるからこそ、
<コミュニケーションテクニック> を使うべきだと思う。

 

小さい子供に、大人の普通の話し方で話したって 伝わらないでしょ
彼らに理解できる話し方で伝えないと。 

 

Non-Japaneseの人にしたって、同じこと。 

大人文化と 子供文化が違うように、
日本文化と 欧米文化、アジアやアフリカ文化は、
ぜんぜん違うんだから
彼らに理解できるやり方で伝えないと、伝わらない。

 

怒っているなら 何も言わないで沈黙を保つより
怒った表情で
怒った口調と声量で、
身振り手振りも、
「彼らに分かる言語(やり方)」を使って話したら、
ちゃんと伝わって、それなりの反応をもらえるよ。

 

そうやって 「私は何に怒って、何を喜ぶのか」 について人に示して
自分という人間をある程度分かってもらえたなら、
そのなかで真に親密になった人、真に親密になりたい人だけに、
「実は自分は、こういう怒りの表し方は、本来しない人間なんだ」 と
本当の自分の姿を少しずつ、知って行ってもらえば良い。 

 

本当の自分を知ってもらいたい人なんて、
不特定多数じゃなくて、ほんの一握りの人たちだけでしょう?

 

ちょっと例えが唐突で、若干違うかも知れないけど、
以前 
「自分達のサッカーが出来なかった」 から負けてしまった、
とコメントする選手に
「相手は敵だぞ?なんで自分達のサッカーをやらせてもらえると思った?」 
と疑問に思ったんだけど、
同じように感じたことがある人なら
私が言いたいことは分かってもらえると思う。

 

あの場で貴方たちがしたかったことは何なの?
「自分たちのサッカー」 ? 
「試合に勝つこと」 じゃなくて?
試合中ずっと、何に 「こだわっていた」 せいで
ああいう結果になったのか、教えてもらえる?

 

自分のスタイルに固執するがあまり 本質的な意思を伝えられず
まともに対峙できない状態と
相手に分かるように こちらの意思を伝えた上で、
真っ向から対峙できる状況を作りだすこと 

 

このふたつの差は
とても大きいものだと思うんだよね・・・・・・

 

同じように
特に外国人相手の場合は
大人な態度を こちらが一方的に保つばかりじゃなくて
もし 不快なことを言われたり されたりしたら
きっちりとそれに言い返したり 
報復とまでは言わないけど そのことに対しての意趣返しは
何かしら 態度で示しておくことも
重要なコミュニケーションのテクニックになる。

 

やり返すことは テニスの玉を打ち返すようなもので
返されて初めて 相手はこちらを 対等な立場の人間とみなす。
大人しく 何をしてもやり返してこない人間のことは
対等ではなく じぶんより下にみる。
彼らは日本人とは育ってきた文化が違うから。

 

出来るだけ品よく 手短に 
けれど 
少しキツめに やり返すことが出来たら
それ以上その人から嫌な目に遭わされることは なくなると思う。

 

あなたの品位が落ちるわけでも
あなたが 他の人間にならなければいけないわけでもない。
単に コミュニケーションの技術のひとつ。


必要に応じて 便利に使えばいいだけだよ。

 

 

 

彼らの文化での感じ方・考え方:

luriha.hatenablog.jp