これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

フィレンツェの大晦日

 

ドイツで2015年の大晦日の夜に起こった、
移民たちの暴行事件の報道を聞いて、
フィレンツェでの大晦日の夜のことを思い出した。

 

住んでいる間何回か、カウントダウン前後の時間帯に
チェントロ(町の中心部エリア)に行ったことがある。

 

イタリアでは、クリスマスは家族と静かに過ごすけど
大晦日・お正月は友達や恋人同士で賑やかに過ごす。


特にお正月に行う伝統的な習慣もないので、
大人たちは家で普通に過ごすか、
親しい友人同士でホームパーティをしたりする程度。

 

町に繰り出して騒ぐのは、10代~20代が中心。


夕方までは大勢の、全世代の人たちが 
家族連れなどでウィンドウショッピングをしながら
のんびりと歩いているけど、
暗くなるにつれ、
町には騒がしい若者たちの少人数のグループが
だんだんと増えてきて、
ワインなどお酒を直接ボトルから呷って飲んだりしながら、
浮かれて練り歩き始める。

 

新年が明ける前は、
騒がしいながらも、単に楽しそうに友達同士で歩き回ってるだけなんだけど、
カウントダウンに入る頃から 周りの雰囲気のボルテージが上がってきて、
それまでとは違う、熱気をはらんだ空気に変容していく。

 

このあと町は無礼講になる、そこへ向かって空気がうねっていく・・・・
そんな感じ。

 

カウントダウンそのものは希望や喜びの雰囲気で迎えるのだけど、
その後は場所によって、近づきたくない雰囲気になる所もある。

 

ピッティ宮殿前広場で開かれたクラシックコンサート(市が無料で開催)
を聞きながら新年を迎えたときは、
変に危険の信号を感じるような感覚はまったくなく、
聴衆と オーケストラの全員でカウントダウンして
新年おめでとうー!! と口々に叫んだら、
ラデツキーの演奏が始まって、
近くにいた欧米人の観光客の人が、背負っていたリュックのなかから
スプマンテ(イタリアンシャンパン)と紙コップを取り出すと、
その場にいた周りの人たちに
イタリア語で「プレーゴ!(どうぞ)」と言いながら
栓を抜いて振舞ってくれたので、 
見知らぬ人たち同士で乾杯をして盛り上がった。

 

平和的で楽しくて、何の不安もなかった。

 

別の年にシニョリーア広場では、
広場自体は暗く、街灯や向こうの明るい通りから入る光しかなくて
ほぼ真っ暗な広い空間に、それぞれ四方の辺の部分に
黒い群集の影がうごめいていて、
四辺から小さな闇の塊が分離するみたいに ぱっと三々五々飛び出し、
それが広場中央へと走り寄り、
おそらくは飲み終わった酒のボトルを 思い切り地面に叩き付けて、
次々と割り続けてた。

 

異様な感じだった。 

 

新年おめでとう!というハッピーな雰囲気なんかじゃなくて、
鬱屈した何物かを そのボトルに込めて叩き割ってる印象。
それが何人も何人も続く。 

 

時々、何か叫ぶ声がガラスの破壊音と共に聞こえる時もあって、
革命前夜みたいな、ここに溜まってるエネルギーの固まりは
いったいどこに行くんだろう?・・・・ と思わず不安になるような、
そんな嫌なボルテージを感じた。

 

ただ、喧嘩や小競り合いみたいな騒ぎは起きていなかったと思う。 
少なくとも一度も見たことはなかったし、話も聞いたことはない。

 

別の年の大晦日は、
お正月に日本へ戻る飛行機代がなかった貧乏留学生同士で集まって
食事して、
新年が明けたあと、みんなでチェントロへ散歩に行った。

 

そういえば、大晦日やお正月って、
気分が和食モードになるのはみんな共通みたいで、
その日は食材持ち寄りだったんだけど、
特に何も打ち合わせしてないのに、全員が和食系のものを持ってきてた。

 

お餅を持ってきてくれた人はヒーロー扱い。
日本酒を持ってきてくれた人もいた。
すし太郎ってめちゃ便利だなと、こういう機会に実感させられたり。 
他にも、皆で煮物つくったり、ゆず胡椒で焼肉食べたり、
なかなか素敵な和食パーティができた。

 

そして新年が明けた真夜中過ぎのチェントロ。

 

ドゥオーモ前からシニョリーア広場へ続くカルツァイウォーリ通りは、
「球場コンサート後の駅までの道」みたいな状態で人で溢れ返ってて、
ただ流れが一定方向じゃなく入り混じってるから、軽くカオスな状態。

 

このときすごく迷惑な思いしたのが、
後ろから、横から、正面からも、
「おめでとう~!!!」と言うなり飛びついてきて、
頬や口元まで狙って 無理やりキスしてくる若造どもの集団だった。

 

2~3人くらいのグループですれ違いざまに、
ぶつかるように そういうことをしては去っていく。
レプブリカ広場へ曲がる角まで、そういうグループが3~4組いた。

 

友達たちはバラバラに歩いていたから、
男の子たちはちょっと距離のある先のほうにいて、
助けを呼ぶにも声はたぶん届かない位置だった。

 

私は他に女の子2人と、3人で歩いていたんだけど、
女性たちだけで歩いていたのが狙われる要因だったのかも知れない。

 

そういう悪ふざけをしてくる若造どもは、イタリア人じゃなかった。

 

顔を見れば中東系とわかる。

 

街全体の雰囲気が浮かれていて、知らない人同士でも
「おめでとう!」という言葉を掛け合ってはいたけど、
飽くまで挨拶を交わすだけで、体に触れてくることなんて先ずないのに、
抱きついてくるのはムスルマーニ(musulumani イスラム教徒の人たち)に見える
若者たちだけだった。

 

フィレンツェにはたくさんのイスラム系の人たちが住んでいる。
国籍はさまざま。
パキスタン、イラン、エジプト、トルコ、シリア、レバノン、モロッコ、チュニジア・・・・

 

彼らはたいてい服や雑貨、レストランなどのお店を経営していて、
単身だったり家族親族で来ていたり、
イタリア語も英語も話せる人が多くて、
女性とはあまり直接話す機会はなかったけど、
<お店の人とお客さん>という立場で接するぶんには、
普通に気持ちよく接してくれる人たちなんだけど・・・・・

 

大晦日にそんな風に知らない女性に抱きついたりするのは、
彼らの国の新年の喜び方なんだろうか?

 

異国で生活するかぎり、現地の人たちに迷惑をかけないために
現地の文化を尊重して同じように振舞うことを、
彼らのコミュニティの年長者とか、宗教的な指導者とかが
若い世代に教育すべきだと思うんだけど、
そういうことしっかりやってるムスリムの国はあるんだろうか?

 

今問題になっている 最近EU内に入ってきた移民たちは
まだ無知だとしても、
既にフィレンツェで長いこと商売してる移民たちは、
パキスタンコミュニティとか、イランコミュニティとか、
もうまとまってるはずだし、
彼らの中での長老だって居るのだろうに。

 

まさか野放しにしてるんじゃないでしょうね・・・・
それとも逆に、異教徒の女性には何してもいい、と教えてるとか? 

 

怖すぎ。

 

たとえば同じイスラム系の、
A国のコミュニティは
そういった指導をちゃんと若い世代にしていて問題は起こさないけれど、
B国のコミュニティは野放し、という場合でも、
私たちから見れば相変わらず「イスラム系による迷惑行為」というものは
続いてる状態だ。 

 

外から見ると十派一からげにムスリムムスリムだけど、
彼らの中では国ごと、宗教派閥ごとの差異で
考え方も態度も大きく異なるのだろう。 

 

彼らも一枚岩じゃない。 


対応する側としては個別対策が必要ということになるのだろうか。 
やっかいで面倒だ・・・・・

 

今回報道されたのはドイツだけど、他のEUの都市でも
似たような事件は起こったんじゃないかと思う。 
10年以上前にフィレンツェの大晦日でも、
彼らは歩きながら知らない女性たちに抱きついたり、
無理やりキスをしてたわけだから。

 

来たばかりの移民ではなく、
何年も定住していたり、観光に来ていた、お金持ちのイスラム系の人たち
つまり 
「衣食住が足りていて現状に不満はないはず」 のムスリムの若者であっても、
あの程度の迷惑行為はするということだ。 


これはもう、彼らの文化的習性ということなんだろう。

 

こういう迷惑行為には、おそらく自衛するしか対処の方法がないと思う、
理不尽だけど。

 

彼らは、群れさせないことが肝心かも知れない。
数を入れないようにしたり、住む場所を離したり。

 

おのおのの国で暮らすのが、きっと一番なんだけど・・・

 

 

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