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これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

ブラックリストに載った人

人びと

 

フィレンツェで、もうイタリア生活が5年になるという
日本人女性と知り合いになった。

 

イタリア人の恋人と一緒に住んでいて、美術系の専門学校に通いながら、
ときどき日本人のお客様相手の観光の仕事をしていると話していた。

 

時々どちらからともなく電話をして、
休日の昼間にお茶をする仲だったのだけど、
ある時、
「こんど5年ぶりに日本に帰るんだ」
「ひと月後に戻るから、また連絡するね」
と言って別れたあと、
4~5ヵ月くらい、姿を見ないし、連絡もないし、という状態になっていた。


 
ある日 チェントロ(町の中心部。繁華街エリア)を散歩していると
偶然その人と行き会ったので、
「どうしてたの?元気?ずっと日本にいたの?」
と突然の再会に驚きながら、ちょっと座って話そうかということになり、
近くのバールに二人で入った。

 

聞くと彼女は、日本に帰国するとき、
乗り換えのドイツの空港で、たいへんなことになったそうだ。

 

イタリアでは 日本など EU外の外国からの人間が長期滞在をする場合、
必ず「滞在許可証(Permesso di Soggiorno 
ペルメッソディソッジョルノ、通称ペルメッソ)」
の取得が義務付けられてる。

 

これがほんとにイタリアでの外国人泣かせで、

 

居住する市の警察署(クエストゥーラ)へ申請に行くのも、
受け取りに行くのも、
早朝から門の前に長い列をつくって並ばなければならず、

 

その列も中国人などズルイ人たちの割り込みで
(知り合いを見つけるとそこに入り込む。何人も。)
自分の位置がいつの間にかずっと後ろになっていたり、

 

やっと書類提出のために窓口まで辿り着けても、
窓口の係員次第で
「この書類は間違ってる」 「あの書類が足りない」 など、
ほんとに気分次第で拒否されたりするリスクもあり
(2000年代最初の数年間、フィレンツェのクエストゥーラでは
「赤毛のオンナ」が悪名高かった)

 

とにかく 平常心を保つ神経と忍耐力を試される
義務という名の 苦行だった。

 

申請しても届くまで何ヵ月もかかるし、
酷いのになると、
たとえば1年の留学目的で、帰国の1ヵ月前に
ようやく滞在許可証が出来上がって来る、という事例も聞いた。
(2006年からシステムが変わり、かなり改善された)

 

滞在許可証取得作業が そんな状況だったということもあったのだろうけど、
この女性は 申請の書類は提出したけれど 受け取りには行かず
そのまま5年、ずっとイタリアに住んでいたんだそうだ。

 

だからドイツの空港でパスポートをチェックされたとき
「イタリアの滞在許可証も見せて」 と言われたけど、出せなかった。
持ってくるのを忘れたとか何とか頑張ってみたけど、
ドイツ人には効かなかったらしい。

 

結果・・・・・
別室に連行、取調べ。

 

結局本当のことを白状させられ、それでも最終的には、
どうやら初犯だし、日本人だし、ズボラだっただけということで
放免してもらえたそうだ。 

 

ただしブラックリストに名前は記載された(「記載します」と言われた)らしい。

 

日本滞在中に再度ビザを取り(パスポートも新しくしたんだったかな)
再入国できたということだった。
彼女はこの件でEU圏(≒シェンゲン協定圏内) に一定期間、
入国拒否されてたから、何か月も戻って来れなかったみたい。

 

彼女は 「さすがに反省しました・・・・・・」 とうなだれていたけど、
正規の手続きをしないで放置したまま、それまで何年間も全く気楽に、
安心しきって生活してたんですか・・・・・と、そっちにも驚いた。

 

でも、実はこの人だけじゃなくて、別の日本人女性も
「申請したけど取りに行かない」をやっていた。

 

申請すると受け取りの為の引換券をもらえるので、
もし仮に「滞在許可証を見せて」といわれたら
その引換券(留学生の間では半券と呼んでいた)を見せて、
「まだ出来上がってないんです」と言えば良い、と豪語していた。

 

こっちの方の人はイタリア生活の先輩ではなく、
逆に私より2ヵ月くらい後にイタリアに来た人で、
その時期けっこう仲良くしていた友達だったから心配になって、
5年不法滞在した人がドイツでどんな目に遭ったかを話して聞かせた。 

 

「だからそんないい加減なことしてちゃだめだよ」と忠告したけど、
「日本に帰りたいときはドイツとか経由しないで、
ローマから直行便に乗ればいいんでしょ?」 と飽くまで強気な人だった。

 

(ローマの空港は乗降客数が多いので、日本人に対するパスポートコントロール
ただ表紙を見せるだけだと言われていた。)

 

他にも、


滞在許可証の期限が切れるけど、もう学生としては延長申請できない
(学校に学費を払って在籍するお金がない)、


仕事身分は別途に
就労の滞在許可証を 雇用契約書とともに申請しなければいけないけど、
そもそも雇用契約を結んでくれる仕事先が
イタリア人同士でもなかなか見つからない、

 

などで結局、

 

期限切れ→黙って大人しく目立たないように生活する不法滞在者となる。 

 

そこへ運よく、
イタリア政府が数年に一度行う、一発逆転政策 サナトリア
の取得で助かった、という人もいた。
(Sanatoria ここでは 「不法滞在者が 800ユーロほどの手数料と共に
新規申請すれば、それまでの不法滞在はお咎めなし&正規滞在者に戻れます」
という制度のこと。
イタリア政府が財政難になると出されるというウワサだった。
私が居た時期は4~5年に一度の頻度で出されていた)

 

イタリア全土ではもっと長い期間、不法滞在してる日本人もいるんじゃないか、
という話も聞いたことがある。

 

イタリアから出国することや、
国内でもホテルに泊まることを考えなければ、
大人しくさえしてればその国に居続けることは可能みたいだけど・・・・・
(日本人はEU内のホテルに宿泊するときはパスポート必須。
イタリア人はIDカードだけでOK)

 

不法滞在者、日本人でも意外と居るみたいなんだよね・・・・・

 

もし見つかって、強制送還処分になった場合、
お目付け役みたいな人が 二人 同行するらしいんだけど、
その人たちの分も、航空券代を負担する義務があると聞いた。
(もちろん正規の値段だろうなあ)

 

この日本人女性がこの処置を受けたのは、2001年~02年くらいの時期だったんだけど、
その後 イタリアでは、滞在許可証取得に必要な書類が 毎年のように変わって、
留学生たちが 他にも「いろいろ」と苦労した話はあった。

 

そしてとうとう、システムそのものが 
2006~2007年にかけて、大改革された。

 

 

今は移民問題が大きくなっているから、もっと厳しくなっているかも知れないね。