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これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

19歳のときに聞いた予言

Profile

 

うちのおばあちゃんは 約20名いる孫たちに
成人するときのお祝いに、印鑑を作って贈ってくれていた。

 

男の子は苗字で、女の子は名前で。

 

おばあちゃんとは昔からの長い付き合いらしい、
良いお友達でいて下さるかたが
その印鑑を作ってくださる(デザインをする?)かたで、

 

孫たちは 自分がそれを作って戴く番になると
手土産を持って、たった一人で ご挨拶に伺うことになっていたから

 

私も 事前に 「これでいい?」 と
大人たちに教えてもらいながら考えた口上を 忘れないよう 
頭のなかで繰り返しながら、
失礼がないようにしなくちゃ と 緊張感いっぱいで 
教えられた住所までお伺いした。

 

そのかたは物腰のやわらかな、優しそうな老婦人で
あがってしまっている私のつたない挨拶を 鷹揚に 笑顔で受けて下さると
私を座らせ、そこの紙に 名前と生年月日を書くようにとおっしゃった。

 

そのかたはそれを受け取ると
その紙の上に、しばらくいろいろなものを書き込まれていたのだけど
やがてこんなことを話し始めた。

 

「あなたはねぇ・・・・」


別の紙を手元に引き寄せ、そこに〇をふたつ 並べて書くと


「あなたのことをよく理解して、気の合う、わかってくれる人たちはみんな、
こっちの〇のほうにいるの。
でもあなたは、この〇の中にいるのね。ちょっと寂しいことなんだけど」

 

ちょっとショックを受けて そのかたに聞いた。


「私は そっちの輪のほうへは行けないんですか?」

 

そうすると 困ったように ちょっと眉を寄せて私の顔を見ると そのまま 
紙のほうに視線を移しながら
「なるべく良い運勢になるように 考えてみるわね」 とおっしゃった。

 

別のとき、
母のお友達で、趣味として こういうことをお勉強なさっている という人に
見ていただいた時も


「あなた自身は樹で、けっこう良いものを持っているし、上へ伸びよう
ともするんだけど、 こことこことここ、三つも土がくっついてるから、
どうしても足を引っ張られてしまう」


「その土を少しでもやわらかくするために、
変な話とお笑いになるかも知れないけど、
水に関係するものを身の回りに置くと、少しは状況が
良くなるかも知れないわ」

 

私が 水・・・・海や湖や川など水辺に行くのが好きで、 とくに 
動いている水に 日の光がキラキラしている光景を見るのが大好きで
見てると嬉しくなるだとか、
水辺の風景の写真を部屋の壁に貼っている などとお話しすると、


「もしかしたら無意識に 必要なものを求められているのかもしれませんね」

とのことだった。

 

どうりで子供の頃から 山よりも海に魅かれるわけだ・・・ 
と感じた次第なのですが
悲しいことに
その予言(?)というか 指摘は、どうやら当たっていたのよね。

 

今まで それなりに良い時間を過ごしてはきたけれど、
たしかに 本当に 
意見というか 興味の対象や 価値観の合う人たちとは
身近には 出会えて来てなかった気がする。

 

それを聞かされる前、 中学生くらいの頃からすでに 
自分の好きなものや 興味のあることについて 人に伝えたくて


美術が好き とか クラシック音楽やバレエが好き とか言うと
「高尚な趣味だね~」 って笑われたり


社会問題などについて話題を出したり 考えていることを話すと
「青春してるね!」 って笑われたり

 

マンガもアニメももちろん好きだったけど
歴史も古典も海外の翻訳本も、ノンフィクションも 他にも 
いろいろ興味を持って読んでたから
たくさんのことを いろんな人と話したりしたかったけど

 

私が話題を出すと、友達のあいだで盛り上がることは絶対ないから
友達の中では 私は自分をみじめに感じてて 
いつも聞き役のほうに回り 
(聞くのは楽しくて好きだった。どうしてみんな 
こんなに面白い話ができるんだろう って感心してた)
自分の思ってたことは たいてい家で ノートに書いてた。

 

家でも同じだった。
家族は 私が何を考えているかとか 何を どう感じているのかには無関心で
話したとしても 全く意図してない方向に解釈されたり(←不思議なんだよね)
頭ごなしに馬鹿にされたりして
誰かと 「話が通じる」 という感覚を感じたことが ほとんどなかった。 

 

成人のときに作ってもらった印鑑は立派なもので
母が預かることになり 


あまり実生活で使わず しまいこんでいたことは、
もしかして失敗だったのでは・・・と 
だいぶ経った今、思うことなんですよ・・・・・


(運勢を拓くための印鑑はどんどん使った方が良いって 
後になって聞いたので)

 

孤独といえばそうだったのかもしれないけど
いま 私は自分の人生にはけっこう満足してて とりあえず嘆いてはいない。
でも もし もうひとつの輪のなかで 私も生きることが出来てたなら
私の今までの時間は どんなふうに変わっていたんだろう と考えることはある。


 
一人の人間が動ける範囲は狭いけど 
ネットの海からなら たどりつける岸は多く 範囲も広大なはずだから


 
ブログを書いてみようと思ったのも、
もちろん 私の持っているものを誰かに提供(共有)したい意思が
ベースなんだけど


その もうひとつの輪のほうにいる 私を理解してくれるという人たちに 
ここからなら辿り着けるかどうかの 実験の気持ちもあった。

 

ブログで書いてるようなことは リアルでは 周りに話さない。
(食べ物の話などはするけど)
プライベートな内容もあるから ブログのことは人に言っていないし。

 

生意気にも 自分の紡ぐページたちが 
誰かにとっての<掘り出し物>に なれたら嬉しい と思ってて


ある意味 自分のほうが <探し人> をしてるのに
「どんな人たちが見つけてくれるんだろう?」 っていう 
待ちのスタンスが正しいのかは まだわからないけど 


(ただ書くだけで より読まれるための研究や努力をしてないというか)


少数でも 的確な人たちだけに届「き」たい っていう気持ちで 
今のとこ書いてる。

 

怖がりだから 交流ではなく 一方通行のままにしてるけど
少しずつ勇気を培ってる。(つもり)  
いつか双方向にできたら良いなと思う。

 

これで50記事めになりますが


ワード検索で読みに来てくれる 一期一会(?)のみなさんにも

定期的に覗きに来てくれてるみなさんにも


読んでいただいてありがとう♪ って いつも感謝しています。

 

 

これからも どうぞよろしくお願いします!

 

 

 

*9/15追記:ブログ始めて半年経過したよ、というはてなさんからの通知を受けて、ちょっとは成長してみるか、と コメント欄はじめてみることにしました。