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これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

そもそもの元凶 <日本人と外国語>

言葉

 

前から思ってるんだけどね

 

語学なんて


自転車に乗れるとか  ピアノが弾けるとか
訓練すれば誰でも使いこなせるようになる 
コミュニケーションの「道具」
でしかないのに

 

何か特別な才能にでも恵まれてないと身につけられない、
選ばれた人しか得ることが出来ないもの
みたいな明らかな誤解が、日本の社会には蔓延してませんかね?

 

私はある程度 

イタリア語と英語でコミュニケートすることに問題は感じないけど
どちらの言語も
べつに ネイティブ並みに完璧に話せたり、
理解できたりしてるわけじゃない。 
(語学力よりも気合いでコミュニケートしております)

 

それでも
「外国語が出来るんですか?すごいですね!」
といったことを言われることもあるのだけど

 

そんなとき

「ずいぶん努力されたんですね」
という ねぎらいのニュアンスより、


「あなたは自分とは違うんですね、あなたは恵まれているんですね」
のようなニュアンスを、その言葉から感じることが多い。

 

外国語を使えるかどうかは
勉強法の効果だとか、本人の努力の結果でしかないのにね。

 

人によっては 親の仕事で外国に住んでいたとか、
与えられた環境のお陰のときもある。

 

語学の勉強だって
なにか新しいことを学び、それが出来るように頑張る っていう意味では


九九を覚えたり、
漢字の書き取りをして覚えたりするのと 全く同じ。 

 

何度も繰り返し
根気よく コツコツと
一歩一歩。 

 

私たち皆が 小さいときからやっていることなのに


語学だけはどういうわけか、
努力だけでは習得できないもの
と見なされてる風潮が あるような気がする。

 

そう思ってる人の多くは


「自分は外国語が出来ない、
外国語が聞けて 話せるようになれるわけない・・・」


という <強い自己暗示> を、
自分自身にかけてる印象がある。

 

日本人の多く というより 日本社会全体が、
まるで そのマインドコントロールの支配下にあるかのよう。 

 

一般日本人のかかってるマインドコントロールのなかでも
最強の部類に入るんじゃないの?コレ。

 

そして何故か、

誰もその洗脳から目覚めたくなさそうにも見える、不思議だけど・・・

 

とにかくね、

 

誰だよ、最初にかけたやつ!

と犯人探ししたい気持ちになる。


効き目バツグンに効いちゃってますよ。

 

 

どうか今自信を持てていない多くの日本人たちが、
自己暗示を<自力で>解いて、
「自分には外国語なんて出来ない」 という嘘から、
早く目が覚めますように と祈る。

 

コミュニケーションとは お互いの意思の疎通をすることであって


相手に対し
話す内容や 話す意思を持っているか 
ってことのほうが、


文法の細かい知識や、
ペラペラとネイティブのように流暢に話せるかどうかより
よほど重要だと思う。

 

それにだいたい、日本語を使いこなすガイコクジンがいるんだから、
こちらだって外国語を使いこなせないわけがない。


 
日本人だって同じくらい、時には彼ら以上に賢いんだから。

 

うそじゃないです!

 

 

みんな! 目を覚ますんだ!!

 

 

 

 

*この記事の内容に言及して下さったかたがいました。

 読ませていただいたら、もう うなづきまくり(笑)

 同じように感じている人は、きっとたくさんいるんだろうな。

 じつは関連内容を あと二つほど推敲中なので 続けてupしていきますね。

 

www.saki-imamura.com