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これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

フィレンツェの街の様子 II

聞いたこと

 

2001年のジェノバサミット(G8)のとき
若者たちを中心に
反グローバリズムの人々がジェノバに集まり、
いつの間にかすごい暴動騒ぎになっていて、
TVニュースで その激しい争いの映像を観ながら、
この時代にこんなことがあるなんて と驚いていた。

 

日本の日常では 政治的な活動なんてほとんど見かけないし、
あるとしても せいぜいデモ行進くらいで、
こんな風に暴力的な行為は 日本だけでなく 世界でも、
60年代で終わっているような 錯覚があったから。

 

その当時のフラットメイトの一人、ジュリアは 
そんなジェノバの様子をニュースで観ながら、
わたしもあそこに行って参加したいわ と言った。

 

「私もグローバリズムには反対だから。
世界じゅうのさまざまな 個性的な文化が壊されて、
すべてが画一的なものになってしまうのが嫌で、
今 そうなりつつあることが怖いのよ。」

 

いつも明るい彼女の顔から笑顔は消えてて、
真剣な表情で 私の目を見つめてそう言った。

 

私はこの時のジェノバでの出来事が、いったいどういうものなのか
まるで理解できていなかったから
(語学が未熟だったので、内容がちゃんと把握できなかった)
ジュリアの言葉に まともに反応してあげることが出来ず、

 

「あんな危険なところに行かないで。怪我をしたら大変じゃない」
なんて、マヌケなことを答えてた。

 

イタリアの若い人たちは、友達同士で政治などの話を 普通にする。

 

夕食のあとのTV番組では、ドラマや映画もあるけど、
社会問題を扱ったものや
著名人をインタビューするような番組もあり、
ジュリアの友達たちは、みんなで一緒に 後者のほうの番組をよく観て、
意見を言い合ってた。

 

同じ年にベルルスコーニが政権に返り咲きするまえ、彼女はいつもよりも熱心に、
TVを かぶりつくように毎日観ながら

 

「この人がまたイタリアの首相になったら、私はイタリアを出ていくわ」
と憤慨気味に話していた。
(その後ほんとうに首相になっちゃったけど・・・・)

 

ベルルスコーニの支持層は 北イタリアと 南イタリアに住む人たちで、
中部に属するトスカーナ州、ことにフィレンツェは、
全イタリアの中では少数派の <反ベルルスコーニ> なのだと教わった。

 

フィレンツェは 歴史的に自主独立の気風で、
職人の街、そして
ギルド(組合)の街。

 

最初に来たばかりの頃、
フィレンツェは なんで街じゅうに 
チェ・ゲバラのポスターやら Tシャツやら、カレンダーなんかが 
たくさん売っているんだろう? と不思議に思ってはいたんだけど、
今思えば
おそらく 左派の街だからということも 関係があるんだと思う。

 

ついでに言うと ヴァカンス先として
イタリア人たちはよく キューバを 「憧れの旅行先」として語ったり、
じっさいに行ったりしていた。 
こっちは単に、カリブの休日に憧れて だろうケド。

 

中心街の 歴史的保護区に住んでいたとき
夕方の風を部屋に入れながら 
3階の窓から 下の通りの通行人たちを眺めていたら

 

大人の男女が 言い争いながら歩いてきて 
(二人ともモデルさんみたいな美男美女だった)
その通りの真ん中あたりで 女性が 
立ち去る男性の背中に向かって

 

「ファッシスタ!(ファシスト)」 と叫び、 
男性も振り向きざま
「コミュニスタ!(共産主義者)」 
と 叫び返していた光景を 見たことがある。

 

なんだか芝居の1シーンでも観ているようで、
日本とは 罵り合う言葉がちがうなあー と 
深く感慨にふけって見入ってしまった。

 

政治的に少し特殊な土地柄だからなのか、
フィレンツェにマフィアは、
他の一般的なイタリアの都市ほど 入り込んでいない 
と聞いたこともある。(フィレンツェ人から) 

 

彼らが 
「あいつはマフィオーゾだ(Mafioso「マフィア」)」 と言う時は、
笑いながらの 友達同士のじゃれ合いの場面が多かった。

 

その代わりなのか何なのか、
フィレンツェに多いのは 
マッソネリーア(Massoneria「フリーメイソン」) だと聞いた。

 

街の名士の人たちは 殆どそうだって。

 

しかも、フィレンツェ人やトスカーナ人だけじゃなく、
カラブリア州など、他の地域から来た人でも
フィレンツェで 「士」のつくような職の人や 政治関係の人なら、
やはりメイソンなんだろう と。


その中に ときどき、少数のマフィオーゾも 紛れ込んでることもあるとか
ないとか・・・

 

ウワサだけどね。

 

とりあえず トスカーナ州にもマフィアはいる ということの客観的事実としては 
トスカーナ州内の とある街は 
マフィオーゾが多く住む街」として イタリア人には知られているけど
観光客=外国人たちには全く知られていない。

 

そこは 日本人観光客は よっぽどイタリア通でもないと 
ほぼ行かないところだし、
治安そのものは良い場所なので、仮に行ったとしても大丈夫・・・だと思う。
よほど何かの運が悪くなければ。

 

イタリアでは 日本でのイメージほど
メイソンは タブー視も、 秘密組織(笑)扱いも されてなくて

 

フィレンツェでは、友達同士の集まりで 
少しつっこんだ話題の時には、
誰かの口から 自然に出てくる程度の言葉だった。


「その人もマッソネリーアなんじゃないのぉ?」 みたいな感じで。
(見知らぬ人同士の集まりで 表面的な話題の時には出てこないけど)

 

今のイタリア首相のレンツィ氏は、私がまだイタリアに住んでた頃
フィレンツェの市長だったんだけど、

 

突如 彗星のごとく現れて
景観や環境問題の観点から 多くの市バスのルートを歴史的保護区から外したり
カオス状態だった鉄道駅前の大整理をやったりして、


ただでさえ 公共の仕事の遅いイタリアで
しかも 本人はまだ若いのに
こんなにも早く 目に見える改革を行えるなんて 
このヒト一体何者??? という印象は持っていた。 


周りのイタリア人たちに聞いても、彼の仕事の速さの秘密については 
知ってる人はいなかった。
メイソンのメンバーのバックアップが強い人だから 仕事が早く出来た
ってことだったのかな・・・・??

 

いちど フィレンツェ近くの町の お祭りみたいなイベントで 
たまたま入った
レトロなデザインの時計や卓上オブジェなどの雑貨のお店の店主と 
なんとなく 話し込んだ時に、
なんとなく マッソネリーアの話題になって、

 

私が 
「いちど誰かに聞こうと思ってたんですけど、イタリア人同士では
あの人はマッソネリーアだな、なんて わかるものなんですか?」 と聞いたら 
「わかる」 って言ってた。

 

どうやってわかるの?? と聞いたら、
はっきりとは教えてくれずに
「教会に通っていれば わかるんだよ」 と真面目な顔で答えてくれた。



教会といえば
イタリアはカトリックの総本山、ヴァチカンのお膝元で
約1700年前から 熱心なカトリック教徒の国 ということになってるけど
現代イタリアでは
日曜日に教会へ通っている人は、人口の30%以下になってしまった 
という報道を 2000年代最初あたりに 見た記憶がある。 

 

私の周りのイタリア人たちは 一人も通ってなかった。
フィレンツェ人も、他の州出身のイタリア人も。
いちおう傾向的には 南の人のほうが 
信心深いということになってはいるけど・・・

 

クリスマスやパスクア(復活祭)の礼拝にすら、私のほうが参列してたかも。

 

(私は その日に臨んでのキリスト教へのリスペクトと 観光客目線の両方で 
何度か礼拝に行ったことがある。 ちなみに中学高校はプロテスタント系の学校に
通ってたので、もともとキリスト教の礼拝には馴染みがある方。)

 

つまり まとめると、

 

教会への帰属意識が低く、
自分の仕事を愛していて (職人が多いことが関連してると思われ)、
仲間との連帯意識は強く 
共に事に当たったり、協力し合い、
国に頼る傾向よりも 自治体としては 自主独立の気風が強い。
市民は若い人でも、友人同士でよく政治談議をし、
政治でも 文化でも 
おのおの個人で一家言を持つほど 知識・教養のある人が多い。 
社会意識としては左派傾向で、
政治家はじめ 街の上層部の人には 
マフィアよりも フリーメイソンが多い・・・

 

私がイタリア人の中で生活しながら知ったフィレンツェって、
そんな街みたいでした。

 

「注* 諸説あります」 あるいは 
「注* 個人の見解です」 ですけどね。(笑)

 

沖瑠璃波プレゼンツ
「ガイドブックには載っていないフィレンツェの街の様子」 をお届けしました♪

 

 

 

追伸:
あの時は理解できていなかったし、今もちゃんと理解してはいないんだけど、
もし 2001年のあの時点で、
グローバリズムというものを、
世界中でもっと真剣に考え、少しずついろんな場所で
何らかの変化を起こせていたら、
2016年のいま、世界はどう変わっていただろう と、
この記事を書きながら思いました。

 

いま 世界各国で 真剣に、切実に、
グローバリズムとは逆方向へ向かいたい」 と 
人々の気持ちが動いているから。

 

ちょっと内容的には違うのかもしれないけど、
数年前のアメリカでのOccupy Wall Streetも、
いつの間にかきれいに消えて、
その後 誰も類似の言動は見せず、
雲散霧消したように見えるのは なぜなんだろう。


1%のお金持ちが 99%の人たちからお金を巻き上げてるという構造は
その通りで、
やっとそれが 多くの人たちにも周知されてきたというのに。

 

グローバリズム=一握りの人たちだけに富が集まるシステム
と言われてることについては、
まだ自分でちゃんと勉強したり 考察したりしてないけど
実際には これが何を意味するのか 
やがては どんな結末に集約していく性質のものなのか、
もう少しちゃんと理解するべきなのかな と思った。(自分に対して)

 

いまの国際情勢を理解するための キーワードのひとつだものね。

 

 

 

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