これまで と これから

海の向こうからおみやげ持ってきた。

世間とのズレを感じる

 

世間の一般的な風潮に
相変わらず ついて行けてない。
まあ 昔からなんだけど・・・・

 

たとえば 最近は
ポピュリズム というものを糾弾するような
特にマスコミ(世界各国)の論調に
違和感を感じてる。

 

だってそもそも 政治の世界で
とくに民主主義国家なら
ポピュリズムを気にしない政治家が
どこにいるっていうんだろう。

 

昔から政治家たちは 多かれ少なかれ ポピュリストだよ。
選挙に勝たないといけないからね。

 

ポピュリズムはべつに ここ数年で 
初めて流行り始めたわけじゃないのに 
マスコミはなんで 「最近の困った風潮」みたいな
伝え方をしてるのかな。
あたかもそれが 
何か悪いことのようなニュアンスで 
語るのかな。

 

ことさら <ポピュリズム> という言葉を強調して 
それにネガティブな印象を与えることに
どんな狙いがあるんだろう?

 

特に 「何よりも先ず自国民優先」 
といった内容を主張する政治家に対して
(というより そういう政治家にほぼ限定して)
ポピュリスト と言ってるんだよね。

 

その国の政治家が
その国の国民最優先で ものごとを考えてくれなかったら
国民の皆さん(というより「私たち」)は、
一体どーすりゃいいんですか・・・・・

 

自国民最優先、あたり前だと思うんですけど?
シチズン側だって(時計メーカーさんじゃないよ)
政治家にそれを求めて あたり前だと思うのですが??

 

国家間でお互いに それを尊重し合い、
そのうえで外交なり 貿易なりをするのが
健全な国際関係だと 私は思うんだけどな。

 

国民の多くが賛同する意見を言う人に 
支持が集まり、
最終的に その人が選ばれることになるのは
「全く普通の現象」なのに。

 

自分に投票してもらいたい政治家が
多くの人に好かれようとする内容のスピーチをするのも
「全く普通の戦略」なのに。

 

独裁政権でもなければ、
たいていの国の政治家たちは
ほぼみんな ポピュリストと言えるんじゃないのか・・・?

 

私は 
ポピュリズム=民主主義社会での普通の現象 
と 単純に捉えているんだけど・・・・
(もし違ってたら ご指摘いただけると助かります)

 


あと これは国内での話だけど

 

最近ネットでも リアルでもよく耳にする、

 

「最近の日本はおかしい。
自分の国のことを褒め過ぎてて、
自画自賛してるようで 気持ち悪い。
そんな日本が恥ずかしい。」 

 

という風潮も、
そういう反応の風潮のほうに 
私は 気持ち悪いものを感じてる。

 

よくTV番組の例が挙げられてて、
ときどき 私もそういった番組を観ることもあるけど

 

日本の企業努力だとか 
昔や今の 職人さんの技術や知恵を
詳しく解説、紹介しているだけで
私の目には 普通のドキュメンタリーに見えるし、

 

今までそういったものを知らなくて
初めて知ったり 目の前でそれを見たんだとしたら 
たとえ日本人でも、 外国人でも、
「すごい・・・・!」 って思うのは 
普通の反応なんじゃないのか?
と思う。

 

日本にある小さな町工場が とてつもない技術を開発し
それが国内のみならず 海外でも 
多くの人の仕事を助けているだとか

 

自分が住む国の 
そんな 日の目を見ていなかった実情を 
住んでいる人たちや 外国人が 初めて知って
素直に感動して 称賛することが 
なんで恥ずかしく、おかしいことなんだろう。

 

わざわざ 褒めてもらいたから紹介してる
と曲解しているようだけど

 

褒め「させて」いる というより

 

事実として伝えてみたら
それを耳にした人たちが 思わず褒めてしまう様なものを
日本や 日本人は 
たくさん持ってる ってだけのことでしょう。

 

見栄を張って 嘘をついてるわけじゃないんだよ?
ありもしない技術を さも開発したかのように語る とか・・・・
もし 嘘をついてまで褒めてもらいたがっているなら 
それは明らかに 恥ずかしく おかしいことだと思うけど。

 


そういうことを口にする人に 逆に 聞いてみたいな
と思うのは

 

これまでの日本社会では、逆に
日本はまるでダメ、世界に比べて情けないっていうような
話ばかり聞かされてきたよね。
何年も。 
否 何十年も。

 

今まで そういう話に対してもやっぱり、
それをTV番組などで わざわざ声高に言うのは
恰好悪く、恥ずかしいことだと感じていたの?

 

情けない日本と 
スゴイ日本 
両方共が恥ずかしいなら
「とにかく日本はどっちに転んでもハズカシイ」と言いたい 
っていうこと?

 

それとも

 

情けない日本は 普通に受け入れられるけど
スゴイ日本というのは 自分ではどこか
拒否してしまうっていうことなの?

 

外国人が 「日本のここがだめ」 という時は 
そうだそうだと 喜んで聞くのに
外国人が 「日本のここが素晴らしい」 という時は
「褒めてもらいたがって恥ずかしい」と 
侮蔑や嫌悪の反応をするのって
そっちの方が 明らかにオカシイと思う。

 

たしかに 謙虚な方が 日本の伝統的な文化だし
身内に対しては 
謙譲どころか 「愚息です」など わざと貶めて表現したり、
あるいは へりくだり過ぎて 
時に滑稽になってる時もあるけれど
(そういうの、やりすぎであほらしいと感じてる。
何でも 「~させていただく」 の言い方の氾濫とか)

 

でも 今のこの 
「恥ずかしい」と糾弾する風潮の源泉は どうも 
そういった謙遜・謙虚とは
違うところから湧いているニオイのようなものがあり
そこに違和感を感じて 私は気持ち悪い。

 

別のところから湧いて出ているものが 
日本人の気質のなかに 確かにある
謙遜・謙譲の精神をつつくことで、
状況を思い通りの方向に もって行きたがっているような。

 

いつもの、
社会の中に意図的に <流行>や 
<共通の社会認識>を作り出そうとしている
手法の臭いを感じる。

 

これと同じ好み、同じ意見でない人は皆 
「世相に追いついていない田舎者」 「非常識な人」 
と蔑み まるで馬鹿にするような、
昭和の昔から繰り返されてきた手法。

 

そして それに無意識下で影響されやすい人たちの 数の多さ・・・・

 

心の素直さだったり 
新しもの好きだったり
皆と一緒、という安心感を求めるがゆえ、孤独・孤高を怖れるがゆえの
同調の面もある というのは 
人間の心理として理解は出来るのだけど

 

その「意見」は 本当に
自分自身が感じて 自分の内から出てきたものなのか
それとも
サブリミナルのように 刷り込まれて
誰かの意図がいつの間にか
「自分の感覚」と思い込むように 操作されているのか、

 

その感覚の源泉を 
自分のなかに深く分け入って探しに行ってみたら
もしかしたら そんなものはなかった・・・ と
不思議な感覚になる人も いるかも知れないね。

 

私は 日本の良いところ、
自慢できるようなことや ものを 
国民や外国人にアピールする最近の風潮は

 

今まで何年、何十年と
自分の国を卑下して 過小評価して見てきた 
長い時間があったから
今は多少 逆方向に触れて 
バランスしてる状態なんだと思う。

 

そしてそれは
物事を 正常なバランスに戻すためには 
大切で 必要なことなんだと思う。

 

私はよく いろんなことが
イメージ映像として頭に浮かんで来るんだけど

 

この 自国への毀誉褒貶という現象に関しては
よく科学番組で見る、 
物理的な動きをCGで見るような
地球の軸が 前後へとゆらぎながら自転している動きみたいに
イメージとしては ああいった、
作用反作用的な、
物理的な動きのように見える。

 

だってここ近年、急に外国から 日本を訪れる人が増えたんだもの。
そりゃ お客様は大切にする国柄ですから、
彼らの意見は気になるでしょうよ。
日本社会は基本、マーケティング社会だし・・・・

 

日本人は 日本人に対して
その人個人に向き合うより
誰でもまずはカテゴライズして振り分け、
勝手に定義づけした内容をベースに、
その人を理解しようとする傾向を持つ。
年齢だとか、職業だとか、好きなことだとかで分けて
それに名前をつけて。 
(「ナントカ女子」だとか何とか。)

 

ところが 外国人たちは
人種や文化や趣味の範囲が 多岐にわたっているので
日本国内で ふだん使っている手法では 
簡単にカテゴライズできない。

 

商業目的のカテゴライズをするために
日本の何に興味をもっているかとか、
何が心に残ったかとか、
そういうことをヒアリングしていったら、
様々なことを 称賛しながら教えてくれたから

 

じゃあそれを国民のみなさんにも伝えましょう
みなさんのビジネスの マネタイズのヒントにもなりますよ
もっと より良いサービスが出来るようになるためにも
多くの外国の人たちに もっと満足していただくためにも
みんなで自信をもって、頑張っていきましょう!
・・・・って内容のことが いま
世間に出回ってるだけじゃないの?
(てコトは 褒める風潮は経団連さんの思惑ですかねー 
と すっとぼけ☆)

 

<失われた20年>の出口から
やっと外に出てきたところなんだし
経済界の希望としても 社会人の皆さんには
自信をもって頑張っていただきたいでしょうし

 

何ごとも 未来へ向かって 意欲をもって やっていくには
ポジティブなモチベーションって大事だよ。

 

それにだいたい 自画自賛って 
日本人以外の世界中のひとたちは
ごくフツーに やってることだし
別に目くじら立てるようなことでもなければ
恥ずかしがることでもないよ。

 

たとえばあなたがイタリアへ旅行に行って
イタリアの風景や 文化や 
イタリア人に親切にされたことなどを
ほんとうに素晴らしいですねって、イタリア人に伝えたとき

 

いやそんなことありません、この国はダメなんです
と 暗―く どんよりと否定されるより

 

「お気に召しましたか?
褒めてくれてありがとう。
そうでしょう、私の国は素晴らしいんです♪
他にもこんなに素敵なところがありますよ。
ぜひそちらも見ていってください!」
と 喜んで賛辞を受け入れて 
更に自信満々で自画自賛してくれるほうが
こちらだって 彼らのそんな自慢を 
好意的に、微笑ましく 
むしろ嬉しく 感じない?

 

じっさい イタリア人の郷土愛精神には
カンパニリズモCampanilismo 
という名前がちゃんとあるけれど。
(おらが村の教会の鐘の音がいちばん!みたいなニュアンス)

 

褒めてくれる相手に
そうか~ そんなところがすごいと思われてるのか~
で、他にはないの? (ほっぺを赤らめて笑顔で) 
と聞きたがったとしても

 

それだって別に恥ずかしいことでも、
オカシイことでもない。

 

恰好つけてる人ならともかく、
正直な人間の 普通の反応じゃないのか。
(実際にそう聞くかどうかは別として)

 

だいたいCool Japanて言葉だって
外国人がもともと 言い出した言葉よ、
It’s a Sony 
「それってソニー(の技術くらいスゴイ)じゃん」 
と一緒で。

 

日本人が自分で最初に言ったわけじゃない。
今は 観光業振興のキーワード的に 国内でも使ってるけど。

 

それに そういうドキュメンタリー番組だって もともとは
テレ東さんの<YOUは何しに日本へ?>が評判良いから
他局さんもマネして、
外人さんを絡めるドキュメンタリを作り始めたんじゃないの?
(ホントのところは知りませんが★)

 

今は単に リバランス時期なだけ。
それにやがてまた <流行>は廃れるよ、
日本はいつも 一過性のものが生まれては消えていく社会だもの。
次はきっとまた 逆方向の 自虐的な方向に行ってくれるって。
騒がないでも大丈夫。
(それともその始まりが 今の兆候ってことかな?)

 

その時に 果たして
「最近の日本は 卑下しすぎで気持ち悪い。
自分で自分のことを罵ったり、
わざわざ外国人に 自分の国を悪く言ってもらって喜んでる。
こんなのは恥ずかしいし おかしい」 
と言う人が
果たして今みたいに 出てくるかどうか?

 

私はどっちかっていうと そっちの方に興味がある。

 

あるいは今の「恥ずかしい」と思わせることの裏に どんな目的があるのか。

 

とにかく

 

日本の文化や 日本人の特性が素晴らしい って言っている
その<根拠のディテール>は
虚偽でも ごまかしでもない<事実>なんだから

 

逆にもっと褒めたっていいんじゃない?

 

今までの 自虐感覚からのバランスをとるために 
同じ程度・・・・ つまり
あと70年くらいは (笑)

 

冗談はともかく

 

だって
心身の歪みは
ちゃんと リバランスしないでいると
<健康>に 悪影響がでますからねぇ・・・

 


バランスを欠いた状態って 良くないと思うの☆

 

 

 

 

6/13/2017追記:

普段、いただいたコメントは非表示を基本姿勢にしているので
(黙殺するわけじゃないですよ、公開しないだけです^^)
今回も、どうしようかな とちょっと考えたのですが、
この記事を読んでくれる方々と共有したい内容なので、
ご紹介させてください。

 

<小学生の頃、学校やテレビなどで、日本とか日本人は過去にどんなひどいことをしたとか、恥ずかしい人種だとか、、、みたいなことをたくさん聞いていたので、子供の私はそれをまともに受けていました。 (中略) 大人になって、いろんな情報がすべて正しいものではないと分かったとき、とても、ほっとしました(*^_^*) 今は、日本の文化や日本人の性質に、誇りをもてるようになりました♪♪>

 

<日本人は、・・・シャイな性格からきていると思いますが、褒められたり絶賛されると、バランスを取るために否定したくなってくるんですよね。
素直に喜んでいいんですけど、それが(恥ずかしくて)できない。
「日本スゲー!」という風潮に逆らうことが良いことだと思う国民性。
だから、一つの流れがあってそれを否定する勢力も一定数いる。これは至って健全だと思います。> (←引用を中略しまくってしまいました、ゴメンナサイ)

 


ひとつめのコメントは、
私も全く同じ経験をしてきたので、ご紹介したいと思いました。

 

そういった内容を耳にするたびに
「そうだったのか・・・」と思いつつも
正直、言いようのない違和感はずっと感じていたけれど、
子供だったし、それを否定できる材料を
何も持っていなかったんです。

 

でも 様々な情報に手が届く環境になったいま 
いろんなことが腑に落ちました。

 

他人の悪意の不気味さや執念深さ、
そこにあるむき出しの危険、
けれど性善説を妄信するあまり
それに気づいていなかった私自身のナイーブさ・・・

 

だからこそ 今 
そんなことないよ (現在)
そんなこと なかったんだよ・・・・(過去) 
ってことは
もっと周知されるべきだと思ってるんです。

 

二つめのコメントは
そうか、そっちの意味のリバランスも、確かにあるだろうな
と思ったので、長いコメントを書いて下さったのですが、
抜粋して紹介させていただきました。

 

確かに 照れ屋さんですものね、日本人は。
あと そういった番組の元祖は「YOUは何しに~」よりも
和風総本家」と「Cool Japan」だとご指摘も受けました。^^
和風総本家、私も好きでよく観ます。豆助かわいいし♪
正にあの番組を観ていると
「えー、すごーい・・・!」という言葉がよく、
自分の口から出てきます。

 

みなさま いつも コメントを下さったり
私に新しい視点や 気付きを下さったり
本当にどうも有難うございます♡♡